カーディガン(cardigan)

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楽式毛糸

カーディガンは前開きのニット・ウエアのことである。
カーディガンの前開きにはふつうボタンが使われる。が、時にはファスナーのこともあり、ファスナーもボタンもなしのデザインもある。
ボタンの数も三つ、四つ、五つ、六つ。もちろん七つボタンのスタイルもある。
襟はつかいないことが多く、その場合にあるVネックに近いスタイルになる。もっとも、ショール・カラーをはじめとして、襟付きのカーディガンも珍しくはない。また、シングル前のカーディガンもあれば、ダブル前のカーディガンもある。
フランスでは、「カルディガン」 cardigan という。それは一礼で、たいていの国で「カーディガン」に近い言葉が使われる。
「カーディガン」はイギリスにはじまって、世界に拡がった言葉のひとつなのだ。
カーディガンに対するものに、スェーターがあることはいうまでもない。ニット・ウエアを大きく分けるなら、スェーター型とカーディガン型とがあるわけだ。そしてニット・ウエアの歴史から眺めるなら、まずスェーター型があって、それから後にカーディガン型が生まれている。寒風を防ぐにはスェーター型のほうが有利であったからだ。
つまり、カーディガン以前に前開き式のニット・ウエアは存在しなかったのである。
今のカーディガンの原型が生まれたのは、1854年10月25日頃のこと。場所は、ウクライナ、クリミア半島、バラクラヴァにおいて。今からざっと百七十年ほど前のことになる。もちろん、クリミア戦争の最中。
それはロシアと、英仏連合軍との戦いであった。クリミアは、寒い。まして十月下旬。最大の敵は、寒さだった。
幸いなことには救援物資の中に、多くのスェーターはあった。五体満足であればウールのスェーターは重ね着に最適である。が、手や腕を怪我している時には、着にくい。
そこでスェーターの前を開けて、左右の手をひとつひとつ通せるようにしたのである。これが現在のカーディガンのはじまりなのだ。
スェーターの前を開ける。このことを思いついたのが、当時の司令官であった、ジェイムズ・トーマス・ブラデネル。そのために後に、「カーディガン」と呼ばれるようになったのである。
ジェイムズ・トーマス・ブラデネルの貴族名が、第七代カーディガン伯爵であったから。第七代カーディガン伯爵は、1797年10月16日、バッキンガムシャー、ハンブルドンに生まれている。根っからの軍人の家系で、本人もはやくから軍に入ることを目指していた。
1797年の生まれということは、1854年のクリミア戦争では、五十七歳くらいであったことになる。
余談ではあるが、この時のジェイムズ・トーマス・ブラデネルの上官が、フィッツロイ・ジェイムズ・ヘンリー・サマーセットであった。フィッツロイ・ジェイムズ・ヘンリー・サマーセットの貴族名が、バロン・ラグラン。今の「ラグラン・スリーヴ」の源なった人物である。つまり「カーディガン」と「ラグラン・スリーヴ」は、同じ時期、同じ所で生まれているわけだ。
一方、カーディガン伯爵の名はおそらく、南ウエールズ地方、カーディガンシャーと関係しているものと思われる。
十二世紀のはじめ、ノルマン人によって築かれた、美しい町である。この地名のカーディガンから、アール・オブ・カーディガンが生まれ、さらにニット・ウエアの名前になったものであろう。

「彼は彼の着ているブラウンの、カーディガンの袖を擦った。」

1868年に、英国のロウという人物の書いた本に、そのような一文がある。ということは1860年代すでに、「カーディガン」は知られていたものと思われる。

「私は私のために、厚手の靴下を何足かと、カーディガンとを買い求めた。」

ミス・バード著『ロッキー山脈』 ( 1879年 ) の一節である。冬山に登るにはカーディガンは必要不可欠であっただろう。少なくとも1870年代のカーディガンは、やや一般的なものになっていたに違いない。

「と、言いながら、純白のカーディガンで立ち上つた。」

平林たい子著『地底の歌』 (昭和二十三年 ) には、そのように書かれている。これは「尾田夫人」と呼ばれる女性の様子。時代背景は、戦後間もなくのこと。その時代の「純白のカーディガン」は、ゆたかさの象徴でもあっただろう。

「平凡なデザインの、どこにでもありそうな薄手の女性用のカーディガン」

小池真理子著『カーディガン』一節。この一枚のカーディガンから、怪談がはじまるのである。
カーディガンから怪談のはじまることもあり、至福の寛ぎがはじまることもある。

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