スモーキング・ジャケット(smoking jacket)

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スモーキング・ジャケットは読んで字のごとく、喫煙服である。喫煙服ではあるが、ディナー・ジャケットにもよく似ている。
ディナー・ジャケットを少し寛がせて、少し装飾を加えたものがスモーキング・ジャケットである、としても過言ではないだろう。スモーキング・ジャケットの目的は、自宅での寛ぎ着である。
スモーキング・ジャケットはラウンジ・ジャケットと関係がある。1848年頃の英国に、ラウンジ・ジャケットが登場する。ラウンジ・ルーム専用着であったから、その名前で呼ばれたのだ。
1840年代以前、英国の上流階級では夕食時に燕尾服を着用した。夕食後、紳士たちは女性たちと別れて、ラウンジ・ルームに移った。ラウンジ・ルームでは大いに寛ぎ、大いにシガーを燻らせた。当時はそういう時代だったのだ。
そのラウンジ・ルームで寛ぐのにイヴニング・ドレスは窮屈であったから、ラウンジ・ジャケットが生まれたのである。
ラウンジ・ルームは、事実上「スモーキング・ルーム」でもあったわけだ。そしてラウンジ・ジャケットをもう少し喫煙専用に考えたものとして、スモーキング・ジャケットがあらわれたのである。
ここで言い添えておくと、ラウンジ・ジャケットから生まれたものに、もうひとつ「ドレス・ラウンジ」 dress lounge がある。そしてドレス・ラウンジが発展して、ディナー・ジャケットになったのだ。1880年代のことである。
時代の順番だけからすれば、1840年代にラウンジ・ジャケットがあり、次いでスモーキング・ジャケットが生まれ、さらにやや礼装用のドレス・ラウンジが登場するのである。スモーキング・ジャケットとディナー・ジャケットが似ているのは、当然でもあろう。
フランスをはじめとするヨーロッパ諸国で、ディナー・ジャケットを「スモーキング」と呼ぶ理由も以上のことと関連しているのである。ただし、イギリスではディナー・ジャケットと、スモーキング・ジャケットとは、まったく別のものであること、言うまでもない。

「スモーキング・ジャケットは、着丈の短い「ローブ・ド・シャンブル」の一種である。スモーキング・ジャケットの素材としては、ヴェルヴエット、カシミア、プラッシュ、メリノ、またはプリント柄のフランネルなどが用いられる。裏地には大胆な色調が多く使われる。前身にはブランデンブルグや、オリーヴ・ボタンや大型ボタンがあしらわれたりする。」

1852年『ザ・ジェントルマンズ・マガジン・オブ・ファッション』誌の記事の一節である。スモーキング・ジャケットは1850年頃からはじまった考えられているので、比較的はやい例であるあろう。
文中、「プラッシュ」 plush とあるのは毛足の長い生地で、ビロードにも似ている。「ブランデンブルグ」 brandenbourg は装飾的な紐結びのこと。この飾り緒をボタン代わりにするのだ。
1850年代のスモーキング・ジャケットにはしばしばスモーキング・キャップを被ったものである。
スモーキング・キャップは頭にぴったりフィットした丸い帽子で、長い房飾りが付くのが特徴であった。1841年3月9日、英国の法務長官であった、ジョン・バロン・ロミリーの『日記』にも「スモーキング・キャップ」が出てくるので、むしろスモーキング・ジャケット以前からあったものと思われる。

「素晴らしいスモーキング・ジャケット姿であらわれた。それはシガレット・ケースの色に揃えたものであった。」

ヘンリー・トーマス・スマート著『プレイ・オア・ペイ』 ( 1878年刊 ) に出てくる一文。「スモーキング・ジャケット」であるからには、シガレット・ケースに合わせることもあったのであろう。

「スモーキング・ジャケットは上流階級の人たちによって広く愛用されているものである。生地としてはヴェルヴエット、フランネル、プラッシュなど。またデザインとしてはロール・カラーであることが多い。全体をコードで縁取りされたりもする。ブランデンブルグは常識となっている。」

1889年『ザ・テイラー&カッター』の解説文である。「ロール・カラー」 roll collar は日本でいう「ショール・カラー」に他ならない。

「彼は品のよい縞の変り襟のついたスモーキング・ジャケットを着けている。くつろいだ身なりであるにも似合わず、彼はもう三十分以上その忙しい、機械的な仕事に没頭しているのであった。」

宮本百合子著『伸子』 ( 1924年刊 ) の一文。「彼」とは主人公、伸子の父。場所は、NYである。「変り襟」は、ショール・カラーかと思われる。大正末期の日本人で、スモーキング・ジャケットを着ていた人物がいたわけである。

「自宅での夕食後、スェーター姿では奥方に褒めてはもらえないだろう。さりとてディナー・ジャケットでは堅苦しい。そこでスモーキング・ジャケットの登場となるのである。」

ハーディ・エイミス著『ファッションのABC』 ( 1964年刊 ) にはそのように出ているのだが。

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