マーラーとマフラー

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マーラーの音楽は、心の奥深くを振動させるものがありますよね。
グスタフ・マーラーは生涯に九つの交響曲を完成させているんだとか。第一からはじまって。第二、第三、第四……。でも、「第九」というのは、ないんだそうです。
ただしその代りに、『大地の歌』が。これはマーラーが縁起をかついだ結果なんだそうですね。
先輩の作曲家を見ていると、どうも「第九」を作ったあたりでお亡くなりになっている。自分もそうなっては困る。というので、「第九」は避けた、と伝えられています。
そんなわけで、『第八交響曲』というのはあります。1910年9月12日に、初演。ミュンヘンの、祝祭音楽堂で。指揮はもちろん、グスタフ・マーラー。
この演奏家での合唱団員、858人。演奏者、171人。独唱者、8人。ゆうに千人を超えていたわけですね。後に、「千人交響曲」と呼ばれたのが、これ。
これより前、マーラーはパリにいた。そのあたりの事情を。

「病中のグスタフ・マーラーはパリイからウィインに帰つた。( 五月十二日夕着 ) 。」

『椋鳥通信』に、そのように出ています。『椋鳥通信』は小説でなく、随筆でなく、「通信」としか言えないものですが。実は、森 鷗外の筆になるものです。
明治四十二年の『スバル』に、長く連載された、通信。森 鷗外はこのために主にドイツの新聞に細かく目を通していたんだそうですね。
ただし、無署名で。「ドイツ在住の無名氏」として。ですから当時の読者はまさか森 鷗外が書いているとは、思ってもいなかったでしょう。『椋鳥通信』には、服の「通信」も時折出てきます。
森 鷗外のお嬢さんが、森 茉莉。森 茉莉の書いた随筆に、『絹のマフラア』があります。

「男の白絹のマフラアでは忘れられない思い出がある。」

そんなふうにはじまって。戦前のパリで見た、ある洒落者の白い、絹マフラーの美についてえんえんと語っています。
一度、白い、シルクのマフラーで。マーラーの音楽を聴きに行きたいものですが。

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