マガジンとバーバリー

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マガジンは、もちろん雑誌のことですよね。マガジンの数にも、たくさんあるんでしょうが。
ここにベジタリアンと関係のある雑誌が。それは英国の、ジョージ・ルーンズの話なんですね。
1880年ころ。ジョージ・ルーンズは雑誌をはじめたいと思った。そのための資金づくりに、菜食レストランを開く。これが人気になりまして。
『ティット=ビッツ』を創刊する。『ティット=ビッツ』が売れに売れて。もうひとつ別の雑誌を出す。それが『ストランド』なんですね。
正しくは、『ザ・ストランド・マガジン』。1891年のこと。創刊号、三十万部がぜんぶ売れて。やがて、五十万部の雑誌に。『ザ・ストランド・マガジン』成功の秘密は。と言って良いのかどうか、各ページに必ず挿絵を入れたこと。これで、読みやすくなったのは、間違いないでしょう。
1891年『ザ・ストランド・マガジン』7月号から連載されたのが、『ボヘミヤの醜聞』。もちろん、コナン・ドイル作、シャーロック・ホームズ物。
このシャーロック・ホームズ物が連載されることで、またまた『ストランド』の人気が高まる。
ところでこの時の原稿料、30ギニーだったとか。もちろん一回分の原稿料として。『ボヘミヤの醜聞』に続くのが、『花嫁失踪事件』。この二話分からは、一回50ギニーになったという。無理矢理換算すれば、五十万円ほどでしょうか。
コナン・ドイルは一話を一週間くらいで仕上げたんだそうですね。それはともかく。ホームズを実在の人物だと思って。『ストランド』編集部には、事件解決の依頼がきたという。
1926年『ザ・ストランド・マガジン』12月号に掲載されたのが、『ライオンのたてがみ』。ただし物語の背景は、1907年に置かれています。この中に。

「マクファースンはズボンの上にバーバリーのオーヴァーを着ているだけで、ズックの靴のひもは結んでいない。」

フッツロイ・マクファースンは、ある学校の先生という設定。1907年に、学校の先生が「バーバリー」を着ているのは、比較的はやい例でしょうね。
さて、古いバーバリーを着て。古いマガジンを探しに行くとしましょうか。

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