紫式部とビロード

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紫式部についての説明は、要りませんよね。平安期の作家。『源氏物語』の作者だと考えられています。また、優れた歌人でも。

めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな

これは『百人一首』にも収められています。
ひとつの伝説として。紫式部はいわしがお好きだったとか。というのも、平安貴族の間ではいわしを食べる習慣がなかったから。
ある日のこと、紫式部は外でいわしを食べて、家に帰った。と、ご主人の藤原宣孝がそのことに気づく。いわしの匂いで。「さては、さては、そなたいわしを……」と問い詰める。その時、紫式部、一句詠む。

日の本に はやらせたまふ 石清水 まいらぬ人は あらじとぞ思ふ

石清水八幡宮にお参りするように、人はほんとうはいわしを食べたいと思っているのではないですか。そう詠んだ。「いわしみず」に「いわし」をかけているんですね。それ以降、藤原宣孝とふたり仲良くいわしを食べたという。
いわしはいわしでも、カタクチイワシが出てくる小説に、『北欧の夜』が。フランスのさっk、ポール・モーランの書いた短篇。

「鮭、にじます、にしん、六尾ずつ並べて尾をたばねたアンチョビー……」。

これは食卓に並んだ皿の数々。たぶん缶詰のアンチョビーではなくて、生なのかも。また、『北欧の夜』には、こんな描写も。

「リッツ・ホテルの自動車の列の背後で、黒いビロードの服を着たらば引きの男たちが……」。

黒いビロードの服を着て。紫式部の本を探しに行くとしましょうか。

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