スタッド(stud)

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胸に輝く星

スタッドはシャツの飾りボタンのことである。今はことに礼装用シャツに用いられることが多い。
スタッド stud そのものは、「鋲」こと。これは古代英語の「ストゥード」 studu から来ているらしい。それは「柱」とか「杭」も意味であったという。
ここでのスタッドはドレス・シャツに使うのであるから、「ドレス・スタッド」とも呼ばれることがある。また、スタッド単独ではなく、カフ・リンクスと揃いである場合には、「ドレス・スイート」 dress suite の名前でも呼ばれる。
1829年『ザ・ジェントルマンズ・マガジン・オブ・ファッションズ』誌五月号に、オペラ・クロークの絵姿が紹介されている。オペラ・クロークの下はもちろん、燕尾服。シャツにクラヴァットを結んでの着こなし。そのドレス・シャツの胸元には、二個のドレス・スタッズが描かれているのだ。少なくとも1829年頃には、スタッドを使うことがあったものと思われる。

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では、スタッド登場以前には、どうしていたのか。十八世紀のシャツは多く紐結びであった。今のボタンの代わりに、細紐を使った。この紐結びがあまり美しくないというので、フリルで隠したのだ。現在もフリル・フロントのシャツがないではないが、もともとは「紐隠し」としてはじまっているのである。
1830年に、ダニエル・マクリーズが描いたハリスン・エインダーズの姿がある。ダニエル・マクリーズは、英国の画家。ハリスン・エインダーズは、英国の歴史小説家。ハリスン・エインダーズはライディング・コスチュームに身を包み、そのシャツの胸元には、二個のスタッズが飾られている。つまり1830年頃には正装に限らず、戸外でのスポーツ・ウエアにも使われたのであろう。

「そのフリルで飾られたシャツの前には、三個か四個の、異なった種類の色硝子によるスタッズがあしらわれていた。」

これは英国の作家、ロバート・スミス・サーティーズが1831年頃に書いた『ジョロックス・ジャンツ・アンド・ジョリティーズ』の一節。1831年頃には、スタッズが必ずしも同一ではなく、色違いでセットされることもあったのだろう。

「シャツのボタンとして目下流行しているものに、ゴールドの枠に完璧に包まれた小さなルビイのセットがある。」

1837年『ザ・ジェントルマンズ・マガジン・オブ・ファッションズ』の記事の一文。ルビーのスタッドはおそらく夜間用であったに違いない。ダイアモンドはもちろん、ルビーのように輝きの美しいスタッドは、夜の着こなしにふさわしいとされたからである。一方、パールなどの穏やかな光沢のスタッドは昼間用であった。

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現在、ドレス・シャツの前にはふつう三個のスタッズが常識となっている。が、これも三個と限ったわけではない。稀に、四個のスタッズということもある。あるいは一個のスタッドという場合もある。もちろん二個のスタッズも。これはドレス・シャツの、スティフ・フロントの糊の堅さによって決定される。胸元の糊が堅いほど、スタッドの数は少なくなる。つまり少ないスタッドで充分留まるからである。

「ハンカチを下におろすと、シャツの胸に大きな濡れた汚斑ができ、黒真珠のかざりボタンの上のあたりはぐしょぐしょになった。」

1938年にレイモンド・チャンドラーが発表した『ベイ・シティ・ブルース』の一節。この原文を見ると、「スタッド」 stud になっている。つまりドレス・シャツの前を、一個のスタッドで留めている。ということは、かなりドレスアップしているわけである。

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「その時手前がタキシードか何かを着ようとしまして眞珠のボタンをワイシャツに嵌めようとしておりますと、芥川さんは何を思ったか、「私が嵌めてあげませう。」

谷崎潤一郎著『當世鹿もどき』の一文。大正十五年のこと。芥川龍之介は、谷崎潤一郎のスタッドを留めてあげたことがあるのだろう。
たしかに、ドレス・シャツにスタッドを留めるのは、苦労するものだ。昔の貴族はたいてい執事に手伝ってもらったからである。

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