ピンカートンとピン

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ピンカートンは、アメリカきっての探偵社ですよね。1850年代のはじめ、アラン・ピンカートンがはじめたので、その名前があります。アラン・ピンカートンは、スコットランド出身の人物だったという。
正しくは、「ピンカートン・ナショナル・ディテクティヴ・エイジェンシー」。その名前の通り、全米に支局があります。
1915年に、ピンカートン社の探偵になったのが、ダシール・ハメット。当時、ピンカートン社のサンフランシスコ支局は、マーケット通り870番地、フラッド・ビルの三階にあったという。「日給 6ドル」と、ハメット自身は書いています。
ピンカートン社時代のハメットは、面白い経験もしているらしい。ある時、探偵のハメットは、尾行。と、相手は道に迷ったらしく。
「すみませんが、街の中央に出るには、どうすればいいですか?」と、尋ねられたそうですね。もちろんまさか自分が尾行されているとは知らないで。
その頃、ピンカートン社の、ハメットの先輩に、ジミー・ライトなる人物がいて。ジミー・ライトは、後の「名無しのオプ」のモデルでもあるそうですね。
1921年に、ダシール・ハメットは、転職を考える。ハメットにはもともと結核の持病があったので。探偵稼業は荷が重すぎたのでしょう。そこで同じくサンフランシスコの、「サミュエルズ宝石店」に勤めることに。広告文案家として。経営者の、アル・サミュエルは、広告に力を注ぐ人物だったので。
その意味でのハメットは、宝石のコピーライターから、ハードボイルド作家になった人物でもあるのです。ハメットの代表作、『マルタの鷹』の中に。

「ネクタイには五ドルの金細工のピン、襟には、ダイヤをはめこんだ”秘密結社バッジ”風の小さい精巧な記章がとめられていた。」

これはサンフランシスコ警察の、ダンディ警部補の着こなし。おそらく、ネクタイ・ピンなのでしょうね。
スリーピース・スーツの胸に、ピンを挿すのは、いいものです。

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