旅と足袋

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旅は、いいものですね。旅は、気分転換の特効薬であります。
旅はまた、規定できない。どこまでが旅で、どこからが旅ではない、などと決めつけることはできないのです。
準備万端整えて、北極へ行くのも、旅。近くの喫茶店に歩いて行くのも、旅。
旅はまた、旅行とは微妙に違っています。たとえばブラジルへ行って、珈琲豆の商談をとりまとめてくるのは、旅。ブラジルへ行って、本場の珈琲を一杯飲んでくるのは、旅。
昔むかし、内田百閒が。その頃の「特急つばめ」に乗って、東京駅から大阪駅に。大阪駅に着いて、今度は東京駅に。「どうして今から東京にお帰りになるんですか?」と、人に問われて。内田百閒は怪訝な顔をして。
「私はただ鉄道に乗りたくて、来たのですから………」。
と、言ったことがあるんだそうですね。これなども「旅」の心の一例であるのかも知れません。
旅行には日程があって、結果があります。旅には夢があって、過程があります。結果よりも過程を愉しむのが、旅なのでしょう。
これもむかしの話ではありますが、小泉八雲が富士山に登ったことがあります。小泉八雲が、ラフカディオ・ハーンのことであるのは、いうまでもないでしょう。ラフカディオ・ハーンは日本に来る前から、日本通だったようで。少なくとも、富士山のことを、知っていた。

「一切の形あるものを越えたところに、雪を頂いたこの上なく優美な山容、富士山だった。」

ラフカディオ・ハーンは、バンクーバーから船で、日本に。やがて横濱に着く前、富士山を見て、そのように書いています。もちろんこれがラフカディオ・ハーンにとっての、富士山との初対面であったのです。
ただ、これはほんの一行なので、ラフカディオ・ハーンは富士山がいかに美しいか、言葉を尽くして、連綿と語っています。
明治三十一年の八月。小泉八雲は富士山に登っています。その頃の小泉八雲は、東京帝國大学の、英語の教師だったのですが。この小泉八雲の『富士山』もずいぶんと、長い。旅日記になっています。

「彼等は錫杖、重い紺足袋 ( 即ち草鞋と共に使用するので、指先の割れた靴下 )、富士の形の藁笠………………」。

「彼等」とは、強力。道案内。強力が富士山に登る小泉八雲に、準備の品を与えているところなんですね。
足袋にも、いろいろありますが。紺足袋は、スポーティ。白足袋は、ドレッシー。さらにつけ加えるなら、花足袋はファンシーと、おぼえておけば、まず間違いないでしょう。
いや、もうひとつ。アウトドアのための足袋が、地下足袋。地下足袋で富士の裾野を旅してみたいものですが。

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