ボオとボウラー

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ボオは、洒落者のことですよね。ダンディとも言います。ダンディも、「洒落者」のことです。
ボオ b e a u とダンディ d andy とを単純に較べてみますと、ボオのほうが古い言葉。「ボオ」の英語は、1684年頃から。一方の「ダンディ」は、1784時頃からなんだそうです。
では、「洒落者」はどうなのか。

「………何が都のしやれもの、ちらりと見て、さも有るまじき事なれど、此太夫のすたるほど、さもしく見へける。」

井原西鶴が、1693年に発表した『西鶴置土産』に、そのような一節があります。ここでの「しやれもの」は、洒落者のことかと思われます。たぶん日本語としての「洒落者」は、十七世紀はすでに用いられていたのではないでしょうか。

「………白の帆木綿に黑い縁をとつて胸の眞中に花文字を、同じ色に縫ひつけた洒落者もある。」

明治三十九年に、夏目漱石が発表した『吾輩は猫である』に、そのような文章が出てきます。これは「落雲館」の生徒の様子として。「主人」の家の庭に、野球の球が入ったので、それを生徒が探しにきた場面なんですが。
漱石と野球はまんざら無関係でもありません。「野球」は、正岡子規が名づけたとの説もあるくらいですから。

「年頃二十四五の、色の白い眼の細い髪をあぶで綺麗に分けた、却々の洒落者である。」

明治四十年に、白柳秀湖が書いた『驛夫日記』に、そのような一節が出てきます。

「検察官は經理室の將校などと同じようになかなかの洒落者で……………。」

野間 宏が、昭和二十七年に発表した『眞空地帶』にも、そのような文章が出てきます。「なかなか」は洒落者にかかる枕詞のようにも思えてくるのですが。

ダンディが出てくる小説に、『存在の耐えられない軽さ』があります。1984年に、ミラン・クンデラが刊行した実験小説です。

「………本とダンディーの優雅なステッキとの比較は、かならずしも正確ではない。ステッキはダンディーの記号だったが、また彼を当世風で流行に遅れない人物にもしていた。」

クンデラの『存在の耐えられない軽さ』は、難解ではないとは言えない文学です。この『存在の耐えられない軽さ』には、繰り返し繰り返し、「ボウラー」が出てくるのです。「山高帽」が。

「山高帽はサビナの人生という楽譜のモチーフになった。このモチーフはいつでもつねに立ちかえってきて、そのつど別の意味合いを帯びるのだったが……………。」

ボウラー b o wl er が「山高帽」であるのは、言うまでもないでしょう。二十世紀のはじめまでは、貴族ではない一般人の象徴でもあった帽子なのです。
どなたか現代版のボウラーを作って頂けませんでしょうか。

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