ブートニエール(boutonniere)

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ブートニエールは洒落者が胸に飾る一輪の花である。もう少し具体的には、上着の襟穴に挿す飾り花をブートニエールという。いや、なにも上着とは限らず、コートのボタン・ホールにあしらうダンディもいたりする。
上着の襟穴は昔の第一ボタンの痕跡であって、「ボタン・ホール」と呼ばれる決まりになっている。シングル前のジャケットであろうとダブル前のジャケットであろうと、必ず「ボタン・ホール」はあったはず。ただしボタン・ホールらしきものがついてはいるものの、単なる飾りで、実際には穴にはなっていないことがある。いわゆる「眠り穴」。これは洒落者にとっては困る。その時の気分に合わせて、ブートニエールを飾りことができないからだ。
ブートニエールはもともとフランス語で、英語としてはフランス語を拝借しているわけである。フランス語の「ブートニエール」 boutonniereは、単に「ボタン穴」のこと。もちろん今のフランス語には「飾り花」の意味でも使われる。ただし英語からの借用語として。英語としての「ブートニエール」は、少なくとも一八七七年頃には使われていたようである。

「彼女はブートニエールを作って他の紳士にも分け与えていた。」

フランシス・ブレット・ハート著『私自身の物語』の一節にそう出ているからだ。これは、一八七七年の出版である。一八八三年『スタンダード』紙十一月十日付けの記事にもブートニエールが使われている。

「サー・ジョン・ベネットは大きな花束を手に持ち、スカーレット色のブートニエールを胸に飾っていた。」

サー・ジョン・ベネット(1812~1875年)は、イギリスの医学者。病理学の研究にはじめて顕微鏡を使った人であるらしい。
ブートニエールは西洋でのプロポーズと関係があるという。男を想う相手に愛を告白する時、必ず花束を捧げた。花束を彼女に与え、愛の言葉を告げたのだ。そしてもし、求婚への返事がイエスである時、彼女は花束から一輪を抜きとって、彼の胸に飾った。一輪の花を言葉の代わりにしたのである。
このように考えると、ブートニエールはプロポーズの経験がある、プロポーズを受け入れてもらったことがある、ということでもあっただろう。つまりブートニエールの歴史はプロポーズの歴史ほどに古いのであるのかも知れない。
一七七一年に、トーマス・ゲインズボローが描いた一枚の絵がある。それはキャプテン・ウイリアムス・ウエイドを描いた肖像画。ウイリアム・ウエイドは一時期、バースのセレモニー官を勤めた人物でもある。バースは温泉地、ギャンブラーやダンディの集まる場所でもあった。
ウイリアム・ウエイドは真紅のフロックに、真紅のブリーチーズ、それにゴールドのウエイストコートの着こなしで、白いクラヴァットを巻いている。そしてフロックの第一ボタン穴に、華やか、大きなブートニエールを挿している。おそらく一七七0年頃の英国には、ブートニエールの習慣があったのだろう。

「私はブートニエールを襟に飾ってからでないと、食欲が湧いてこない。」

こう言ったのは、オスカー・ワイルドである。オスカー・ワイルドはただそう言っただけでなく、実際にブートニエールも愛好家でもあった。そしてさらには、「ワイルドは緑のカーネーションを好んだ」などとも噂されたものである。
ウインザー公がシンプソン夫人と結婚したのは、1937年6月3日、フランスの、ドーヴィルで。この時のウインザー公もちろん、モーニング・コート姿。淡いグレイのダブル前のウエイストコートが印象的。やはり淡いグレイの格子柄のタイを結んで、白いカーネーションを襟穴に挿している。
カーネーションの花が大きく開いているのは、萼まで深く入れる正しい挿し方をしているからである。

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