クリケット・キャップ(cricket cap)

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英国少年帽

クリケット・キャップは頭にぴったりフィットした、ツバの狭い帽子のこと。その昔、クリケットの選手たちによって被られたので、その名前がある。

クリケット・キャップは今でも、英国のパブリック・スクールの生徒たちの間では使われている帽子でもある。まず例外なく布製で、たいていはスクール・カラーを表す配色がなされる。

クリケット・キャップのクラウン( ヤマ ) はエイト・ピース( 八つはぎ ) であることが多く。このエイト・ピースを使って、色違いにするわけである。

いかにも英国的な帽子のひとつに、ディアストーカーがある。ディアストーカーは今や世界中で知られ、世界中で被られてもいる。しかしクリケット・キャップは必ずしもそうではない。イギリス人以外でごくふつうに、クリケット・キャップを使う人は稀ではないだろうか。その意味でもキャップ・キャップは少し特別な存在であるのかも知れない。

今、手許の英語辞典で「クリケット・キャップ」を引くと、出ていない。少し不安になって、『英国戸外衣裳』を開いてみる。これはフィリス・カニントン、アラン・マンスフィールドの共著による名著。ここには「クリケット・キャップ」の項目が出ている。「クリケット・キャップ」はやや特殊な言葉なのだろうか。

クリケット・キャップのなによりの特徴は、その前傾姿勢にある。クラウン全体がはっきりと前に傾いているのだ。帽子頂上のトップ・ボタンがかなり前のほうに付けられることからも、そのことが分かる。このクリケット・キャップにおける前傾姿勢が最大の特質であると同時に、「少年らしさ」の源でもあるのではないか。

「彼らはジョキーのような制帽をかぶり、色とりどりのブレザーを着て、みんな同じように見える。 ( 中略 ) その伝統、その規則、その教育、そのマフラーによって、他のすべての学校と区別されているあの学校……」

トニ・マイエール著 大塚幸男訳 『イギリス人の生活』には、そのように書かれている。もちろんこれはパブリック・スクールの生徒についての説明なのだ。「ジョキーのような制帽」とは、おそらくクリケット・キャップのことであろう。

ではなぜ、パブリック・スクールの生徒はクリケット・キャップを被るのか。それはスポーツマン・シップの表れとしてではないか。イギリスで「イッツ・ノット・クリケット」と言えば、それは「公明正大ではない」の意味になるのだから。

1477年に、英国王、エドワード四世はクリケットを禁じたと伝えられている。その理由は家臣がクリケットに夢中のあまり、弓術の練習を怠るようになったからだと。ただしその時代には、「ハンズ・イン・アンド・ハンズ・アウト」の名前で呼ばれたという。少なくともクリケットの歴史は十五世紀に遡ることができるようである。

1878年の『ウエスト・エンド・ガゼット』誌に、クリケット・ユニフォームの姿が描かれている。ホワイト・フランネルの上着に、同じくホワイト・フランネルのズボン、そして頭にはクリケット・キャップを被っている。ただし、ここでのクリケット・キャップは「前傾姿勢」ではない。今のベースボール・キャップにも似ているのだ。比較的初期のクリケット・キャップであろうかと思われる。

では、それ以前にはクリケットには主にどのような帽子を被ったのか。

1870年代のはじめにはクリケット・キャップは一般的ではなかった。たいていはピルボックス・キャップを使ったようである。これは丸くて、単純な形、その時代の薬箱に似ているので、「ピルボックス・キャップ」と呼ばれたのだ。

1860年代には、ボウラー・ハット。1850年代以前には、トップ・ハット。ごく乱暴に色分けするなら、そうも言えるに違いない。

ところが、1889年の『ヴァニティ・フェア』誌のカリカチュアには、ほぼ今日の同様のクリケット・キャップが描かれている。描いたのは画家の「SPY」。描かれたのは、当時クリケットの名選手だった、ヒルトン・フィリップソン。スカーフを腰に巻いてのプレイ中の様子で、頭にはクリケット・キャップが置かれている。

以上のことなどから想像して現在のクリケット・キャップが完成されたのは、1880年代はじめのことと思われる。

「少年の大半はランドルフと同様、首に幅広のカラをつけ頭上に特小の絹帽を戴いていた。」

ハーディ著『息子の反抗』の一節。訳は、中川芳太郎による。これはツワイコット夫人が自分の息子が出るクリケットを見物に行く場面。場所はもちろん、ローズ競技場。

クリケット・キャップは誇り高き少年にこそ似合う帽子なのであろう。

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