セイラー・スーツ(sailor suit)

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少年の夢服

セイラー・スーツはごく単純にいって、「セーラー服」のことである。
セイラー・スーツからセイラー・ブラウズが生まれ、セイラー・ブラウズを参考に「セーラー服」が誕生したのだから。

「セイラー・スーツとは、1860年代に登場した少年服のことである。フランス、イギリスの船員服の影響を受けたものである。ブレイドでのトリミングのある、四角い襟のついたミディ・ブラウズと、ダニッシュ・トラウザーズとの組合わせによるものである。」

シャーロット・カラシベッタ著『フェアチャイルド版 ファッション辞典』には、そのように説明されている。

「四角い襟」が、セイラー・カラーであることは言うまでもないだろう。セイラー・カラーはよく弁髪との関係が指摘される。弁髪は「ピッグ・テイル」とか「チャイニーズ・ケー」と呼ばれた、背中に垂らす、編んだ髪型のこと。弁髪での汚れ防止からセイラー・カラーがはじまったのだ、と。しかし弁髪は十八世紀の流行であり、セイラー・スーツは十九世紀の登場。両者の時代はややずれている。

セイラー・カラーは古い時代への郷愁から生まれたものであろう。
「ミディ・ブラウズ」 middy blous は、セイラー・ブラウズの別名。ミディは「ミッドシップ・マン」を省略しての名称。昔、帆船だった時代、甲板中央部に伝令があって、ここの若い水兵が船長の指示を伝えた。そこから水兵を「ミディ」と呼ぶようになったのだ。

「ダニッシュ・トラウザーズ」がオランダ風ズボンの意味であることは、もちろんである。具体的には少年用の、膝下までのズボンのことであった。ただしニッカーボッカーズのように紐で縛ることはなく、解放されたままの裾口であったのだが。ダニッシュ・トラウザーズもまた1870年代の流行であり、多くミディ・ブラウズとともに着用された。

ところでセイラー・スーツはどのようにはじまったのか。それはヴィクトリア時代の王室ヨットと関係がある。1840年頃、王室ヨットの乗組員の制服が定められた。それが今のセイラー・スーツであったのだ。

ヴィクトリア女王は、このセイラー・スーツを素晴らしいと思った。そこで1846年頃、そのユニフォームを皇太子にも着せることにした。皇太子が、後のエドワード七世であることは言うまでもない。

それは白麻のセイラー・スーツで、すでに共布のセイラー・トラウザーズが組合わされている。皇子はセイラー・ハットを被り、セイラー・タイを結んでいるのだ。

当時、ドイツの宮廷画家であった、フランツ・ウインターハルターが五歳ころの皇太子を描いている。ヴィクトリア女王は、ドイツ皇帝の皇太子たちにも、セイラー・スーツを贈っている。このようにしてイギリスのセイラー・スーツはすぐにドイツにも伝えられたのである。と同時に、セイラー・スーツと少年とが深く結びつくきっかけともなったのだ。

皇太子といえば、エドワード八世がやはり五歳ころの時、セイラー・スーツ姿の写真を遺している。皇太子がセイラー・スーツを着るのは、ひとつの伝統でもあったのだろう。それはネイヴィ・ブルーのメルトン地で仕立てられている。

1883年に描かれた細密画に、テニス中の英国皇太子が出ている。もちろん後のエドワード七世である。1883年ということは皇太子、二十二歳くらいだが、やはりセイラー・ブラウズを着てプレイしているのだ。皇太子自身、セイラー・スーツが好きだったと思われる。この細密画には、見物役の四人の少年もまた描かれている。そして四人が四人ともセイラー・スーツ姿なのである。少なくとも1880年代の少年服として、セイラー・スーツが流行だったと考えて良いだろう。

1885年は、日本での明治十八年ということになる。この年、はじめて皇太子( 後の大正天皇 ) はセイラー・スーツをお召しになっている。おそらくは英国皇太子からの影響があったものと思われる。

「彼女は白い水兵服 ( セーラー) につばの狭い麦稈といった……」

竜胆寺雄著『放浪時代』 (昭和三年刊) の一節。これは「魔子」という女性の服装。「水兵服」と書いて「セーラー」のルビが振られている。

「例の「和洋ジャズ合奏」ーーとして、浪子はセイラア服の青い眼の水兵……」。

川端康成著『浅草紅団』 (昭和四年刊 )にはこのような一文が出てくる。これは本物のセイラーが、本物のセイラー・スーツを着ているのだが。

1912年に、トーマス・マンが発表した小説に、『ヴェニスに死す』があり、映画化もされている。美少年のタッジオは、セイラー・ブラウズ姿で登場する。そしてトーマス・マンも若い頃、セイラー・スーツを着ての写真が遺っている。

セイラー・スーツには少年の夢がいっぱい詰まっているのだ。

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