ゲエテとボタン

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ゲエテはもちろん、ヨハン・ヴォルフガング・ゲエテのことですよね。
この文豪、ゲエテのお父さんが、ヨハン・カスパー・ゲエテ。そのまたお父さんが、フリードリヒ・ゲオルク・ゲエテ。つまり文豪からすれば、お祖父ちゃんになるわけですね。
このお祖父ちゃんは若い頃、フランスに出て、仕立職人として修行したことが。
でも、フランクフルトに帰ってからは、宿を開く。で、ここのワインが美味しいというので、大成功。
ところでゲエテのお父さんが大切にしていたものに、ゴンドラが。イタリアはヴェニスのゴンドラの模型が飾ってあった。
少年の頃、ゲエテはいつもゴンドラを見ては、ヴェニスを夢見ていたというゴンドラは必ず黒と決められていて。どうしてゴンドラが黒なのか。これについては、塩野七生著『イタリア遺聞』に詳しい。かいつまんで言いますと、1633年の贅沢禁止令と関係があるらしい。
それはともかく、大人になったゲエテはついにイタリアへ。

「一七八六年九月三日の朝三時に、私はこっそりとカールスバートをぬけだした。」

ゲエテ著『イタリア紀行』にはそんなふうに書いています。
ゲエテの話が出てくる名随筆に、『生々流転』が。高橋義孝著。ゲエテの他にも。

「瞬時にこれだけの思念をめぐらせて私はスウェーターのボタンを全部掛けた。」

高橋義孝はこれから病院に、定期検診に行こうとしている。病院に着いたらどうせまた、ボタンを外すんだから、掛けなくても良いではないか、とも思う。
そしてここから人生論になるんですね。

「無意味だと解っていても敢えてするというところに逆に人生の意味があるのではないか。」

なるほど。とりあえずシャツのボタンを留めて。ゲエテの本を探しに行くとしましょうか。

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