アルバイテンとチロリアン

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アルバイテンという喫茶店がむかしあったんだそうですね。ただし「アルバイテン」は実名を伏せての、仮名。ほんとうの店名が何であったかは知りません。でも、「アルバイテン」の仮の名の喫茶店があったのは、間違いありません。
井伏鱒二著『上脇進の口述』に、そのように出ていますから。『上脇進の口述』は、「アルバイテン」の物語にもなっています。
大正十二年頃のこと。場所は、道灌山下。今の文京区千駄木のあたり。

「若い貧乏詩人や貧乏画家が協力して、素人の手で建てた貧弱なバラックの店だ。」

井伏鱒二は『上脇進の口述』の中に、そのように書いています。「バラック」は今や半ば古語でしょうか。簡単に言って、「簡易住宅」のことですね。
「アルバイテン」は、土間が四坪、台所が一坪、奥に三畳間があって、これですべて。なるほど「バラック」だけのことはあります。でも、自分たちで力を合わせて喫茶店をつくる。夢があっていいですね。
若き日の井伏鱒二も、このうちの一人だったのです。喫茶店ですから、ミルクも出せば、トーストも出す。それが、十銭くらい。客が望めば、焼酎も。
ある時、常連の児玉花外がやって来て、焼酎を。焼酎を飲みながら、袂から鼻紙を出してなにか書いている。で、それを仲間の、上脇 進に渡して、「講談社へ行ってくれ」。
講談社の『キング』の編集長に、それを渡して、お金を貰って来い、と。上脇 進が「この紙は何ですか?」と問うと。
「詩にきまっているじゃないか。」
で、上脇 進は講談社に行って、M編集長に鼻紙を渡すと、十円くれた、と。すべては井伏鱒二
の『上脇進の口述』によるものですが。
井伏鱒二を師と仰いだのが、三浦哲郎。三浦哲郎の短篇に、『チロリアン・ハット』があります。

「これは悪くないと思われるものを一つだけ見付けた。鶯色のチロリアン・ハットである。」

『チロリアン・ハット』の主人公は、帽子好きの男。「彼」が、ある事情から帽子を譲り受ける物語。選んだ帽子がチロリアンだったので、『チロリアン・ハット』。
チロリアン・ハットはその名前の通り、チロル地方の民族帽としてはじまっています。もともとは大きなブリムの帽子だったそうです。それがいつの間にか登山用にかぶられるようになって、小型化したものでしょう。
お気に入りのチロリアン・ハットで、新しい喫茶店を探しに行くとしましょうか。

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