スカーフ(scarf)

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首と戯れる布

スカーフは首の衣裳である。たいていはシルク地で、正方形や長方形であることが多い。色柄には無数の変化がある。

スカーフもまた、老若男女を問わない小道具である。しかも着脱自在。さらにはその結び方などによって、着手の趣味があらわれる装飾品でもある。その意味では首元の芸術品でもあろう。

スカーフには多種多様の種類があり、世界中で愛されている。スカーフを多用する国ほど文化が高いようにも思われる。

スカーフ scarf は、英語。フランスでは、「エシャルプ」 echarpe、イタリアで、「シャルパ」 scharpa 。フランスでの「エシャルプ」は、十二世紀の時代から使われているという。

スカーフは女性専用ではないか、との意見があるかも知れないが、必ずしもそうではない。それはちょうど「スカーフは四角である」と決めつけるのに似ている。

「スカーフはウールかカシミアのものを。一枚は無地にして、もう一枚は柄物にする。シルクのスカーフは、白無地を一枚と、柄物を一枚。」

これは『エスクワイア編紳士の身だしなみ』 ( 1969年刊 ) に出ている解説文。紳士は何をどう揃えておくべきか、について述べているところ。

白無地のシルク・スカーフが、フォーマル・ウエア用であることは、疑問の余地がない。ブラック・タイであろうと、ホワイト・タイであろうと、正装に純白のシルク・スカーフは不可欠であろう。

一説に、スカーフの元祖は、古代ローマの「フォーカーレ」 forcare であるという。フォーカーレは麻布ではあったが、たしかに「首の衣裳」であった。そもそものフォーカーレは、弁論士が使ったものであるらしい。弁論士は当時、選良で喉が命であった。その喉を守るために首に巻いた。やがてフォーカーレはエリートの象徴にもなったのだ。

一方、フォーカーレはネクタイの源流でもあるとされるから、ネクタイとスカーフははるか遠い時代の親戚でもあったのだろう。

「なんと洒落のめしているものよ、その鎧の下には軍人風のスカーフを巻いているではないか……」。

シェイクスピア作『空騒ぎ』 ( 1599年頃 )の科白である。少なくともシェイクスピアの時代にも、スカーフはあったのだ。ただしここでの「スカーフ」は、サッシュである。装飾的な腹帯。シェイクスピアに限らず、この時代の軍人たちはたいてい「スカーフ」を腹帯として使ったのだ。腹帯からやがて「首布」へと移ってゆくのである。

「スカーフ」は、サッシュ。これはなにも英国だけのことでなく、フランスをはじめとするヨーロッパにおいても同じことであった。

「私がミセス・ヴァーホーミリーと食事をした時、私は自分用のスカーフが欲しくなった……」

ジョナサン・スゥイフト著『ステラへの通信』 ( 1710年発表 ) に出てくる一文。この場合の「スカーフ」は、もちろん首に巻くためのものであったのだ。

「喪服のためのスカーフ一枚、12ポンド。」

これはトムリンスン牧師の『日記』 ( 1718年 ) の一節。その頃には喪服用のスカーフがあったものと思われる。

「四隅を小さなホックで留めるようになった、オクタゴン・スカーフ」

1864年『特許局記録』に、そのような一文がある。ホックを留めることで、八角形になったのだろうか。特許を取るということは、スカーフにそれなりの人気があったものと思われる。

1926年の映画『夢想の楽園』の中で、ゲイリー・クーパーは、エイブ・リーの役を演じる。この時、シャツの上から、大判のスカーフを肩に掛けている。同じ年の『アリゾナの天地』でも、白いシャツの上に、大きなシルク・スカーフを結んでいる。

1929年の『ヴァージニアン』では、スカーフ・リングを使っての着こなし。1930年の『戦ふ隊商』では、ローンのようなごく薄いスカーフを首に巻いている。1933年の『生活の設計』では、白地に小さな水玉模様の絹スカーフ。これは正装の場面だから、当然であろう。

「スカーフは首の前に結ぶシルクの布である。男たちはヨーロッパ大陸でよりもイギリス国内で、多くスカーフを使うようである。」

これは『ファッションのABC』 ( 1964年刊 ) における、ハーディ・エイミスの意見である。

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