アルスター(ulster)

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星月外套

アルスターはダブル前ので、丈長の、厚手コートのことである。「アルスター・オーヴァーコート」と呼ばれたりもする。
ただ、一般には「アルスター」だけで使われることが多い。また、アルスターから生まれた表現としては、「アルスターレット」 ulsterette がある。アルスターレットは、やや軽量であったり、ややショート・レングスのアルスターに対して用いられる。アルスターレットの存在を裏返すなら、本来のアルスターがいかに重厚であるのか、ということでもあるのだが。
アルスターは1867年ころ、アイルランド、アルスター地方に生まれた外套であるので、その名前がある。
アルスター Ulster は北アイルランドの地区名。その中心地は、ベルファストである。1860年代、アルスター、ベルファストに、「J・G・マクジー」という会社があった。このJ・G・マクジーが1867年に登場させたのが、「アルスター・オーヴァーコート」だったのだ。その意味では最初、それは商品名であったわけだ。
「アルスター・オーヴァーコート」はダブル前、共ベルト付き、また着脱式のフードと、ケープの付いた、丈長の外套であった。なぜか。それは、旅行用外套だったからである。その時代の旅行には、防寒、防雨の、頑丈なコートが必要だったものと思われる。
しかしそれにしても、「マクジー・オーヴァーコート」とか、「ベルファスト・オーヴァーコート」と名づけなかったのか。それはこの頑丈な旅行用外套には、昔からの「アルスター・フリーズ」という生地が使われていたからである。アルスター・フリーズはごく厚手の玉羅紗で、この生地名から、「アルスター・オーヴァーコート」となったのだ。
アルスター・フリーズは寒さはもとより、多少の雨なら防いでくれたからである。このアルスター・オーヴァーコートから、フードとケープを外し、共ベルトを背バンドに替えれば、ほぼ現在のアルスターになるわけだ。

「洗濯から戻ってきた、保温性のあるマントであるアルスターは、部屋の中のフックに掛けられていた。」

H・S・リー著『タウン・ガーランド』 ( 1878年 ) には、そのような文章が出てくる。ここでも単に、「アルスター」と書かれている。英語として用いられた例としては、比較的はやいものであろう、もともとアイルランドでの旅行用外套がやがて、イングランドでも使われるようになったものである。
1870年代のアルスターは男性用のみならず、旅行となれば女性にも使われたとのことである。女性用アルスターには、三段重ねのケープが特徴であったという。その三段重ねのケープは俗に、「スリー・デッカー」の名で呼ばれたらしい。

「彼はハンティング・ブーツを履き、古い上着を着、その上からアルスターを羽織っていた。」

サー・ヘンリー・ライダー・ハガード著『クオクティック大尉』 ( 1888年 ) の一節。たしかに寒い時期のハンティングにも、アルスターは役立ってくれたに違いない。

「 「 いいわ、わたしいま長外套 ( アルスター ) を着るわ。ひどい日ねえ!」ボーギーの長外套 ( アルスター ) は彼女のとそっくり同じだ。襟のホックをかけながら、彼女は鏡の中の自分をみつめる。」

マンスフィールド著『風が吹く』 ( 1915年 ) には、そんな文章が出てくる。これはマチルダという女性が、ボーギーに散歩に誘われる場面。風の強い日だから、アルスターを着る。それが男女とも、ほぼ同じスタイルだったことが分かるだろう。

「まもなく、帽子を目深に被り、アルスター外套の襟を立てたチャンドラが、船首のところに一人ぽつねんと立っているのを認めた。」

モオム著『アシェンデン』に出てくる一文。場所は、スイス。時代は、1910年代。主人公がある男を追跡している場面。彼は、アルスターを着ているのだ。

「彼はフットボールの格好の上にアルスター外套を羽織っていた。」

P・G・ウッドハウス長『でかした、ジーヴス!』1930年 ) にもアルスターが登場する。つまり、戦前までのイギリスでのアルスターは、ごく一般的なコートであったのだ。

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