キルト(kilt)

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穿くスコッチ

キルトはスコットランドの民族衣裳のひとつである。よくスコットランド製のビスケットの函にも描かれているスカートに似た服装のこと。

キルトはスコットランドの伝統衣裳であるだけでなく、今も実際に着用される服装。スコットランド人にとっては、第一礼装である。日本の羽織袴にも似ている。また、ロンドンに行けば、スコッツ・ガーズの制服は、キルトである。

「ハイランダーズは今日でも鍔無し帽(ボンネット) を頭上に戴き、ズボンの代りとして、荒目格子柄の色地( タータン ) で仕上げた短袴 ( フィルベッグ 一名 キルト ) を穿ち、スコッチ糸製の長靴下を着け、膝頭を露出させ寒さうに見える。腰部正面にはスポーランと云ふ毛皮袋を吊下げる。」

中川芳太郎著『英文學風物誌』 ( 昭和八年刊 ) には、そのように説明されている。キルトの正確な解説としては、はやい一例であろう。ことにスポーランにもふれていることも、忘れてはならない。

スポーランはキルトに不可欠の提げ鞄。英語でsporran、スコットランドのゲール語でsporanと綴る。スポーランはもともと「財布」意味であったという。毛皮製のスポーランは、正装用。一般には革製のスポーランも使われる。

キルトの誕生は十一世紀のスコットランドに遡るとの説がある。が。本当のところはよく分かってはいない。それはタータンも同じことである。

英語の「キルト」kilt は古いデンマーク語の「キルト」 kilte から来ているのであるらしい。それは「摘みあげる」の意味であったとのこと。ただしこれはあくまでもイギリスから見てのことであって、ゲール語では「フェリベッグ」 feile beag となる。これは切り離された脚衣を指す言葉である。

古来、スコットランドでは一枚の布を身に纏った。その意味ではインドのサリーにも似ている。スコットランド衣裳の着方はいささか風変わりであった。まず大地の上にこれから着ようとするタータンを拡げる。拡げたなら、そのタータンの上に身を横たえる。それから襞を作りながら腰の部分を包む。包み終わったなら、ウエストにベルトを締めて固定する。固定したなら立ち上がって、余ったタータンを身体に巻く。巻いてなお余った部分を左肩の前に拡げて、完成。そのタータンの衣裳は日常着であり、コートであり、毛布であり、寝る時には布団代りにもなったのである。

「キルトとは腰の周りに襞を取りながら身体に巻きつけるプラッドによる、ペティコートの一種である。」

エドワード・バート著『北スコットランドからの手紙』 (1730年発表 ) の一節。未知の人にキルトを伝えるのは、さぞかし難儀であったと思われる。ただしここでの綴りは、 Quelt になっているのだが。

すでにふれたようにプラッドによる伝統衣裳は、大きな一枚の布であった。これが切り離されてまさしく「キルト」になったのでは、1727年頃のことであったという。当時、スコットランド国境に近いイングランドに、ある製材所があった。この製材所に何人かのスコットランド人が働きに来ていた。その働く様子を見た経営者が、「上と下を別べつにしてはどうか」と提案。これによって今のキルトになったとのことである。

「彼はウール地によるしっかりして美しいキルトを着用していた。」

サー・ウォルター・スコット著『ウエイヴァリー』 ( 1814年刊 ) の一文には、このように出ている。

1822年、英国王、ジョージ四世がスコットランドを訪問。この時ジョージ四世に、スコットランド衣裳を着るように薦めたのが、サー・ウォルター・スコットであった。これはイングランドとスコットランドとの劇的な水解けの機会となったのである。

「あのスコットランド地方のキルトというものがありますね。あれを見てもスカートが懦弱だなどという言い分は全く通りますまい。」

エリック・ギル著『衣裳論』 (1931年刊 ) に出てくる有名な一行である。

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