タウンとタム

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タウンは、町のことですよね。町よりもっと大きくなりますと、「街」でしょうか。町よりもっと静かな環境になりますと、「村」なのでしょう。
タウンとつく歌に、『マイ・ホーム・タウン』があります。1960年に、ポール・アンカが歌って、拍手喝采となったものです。日本でもたしか「ダニー飯田とパラダイス・キング」が歌っていたような記憶があります。『恋のホームタウン』と題して。この訳詞をしたのが、みナみカズみ。この、みナみカズみ こそ、安井かずみのペン・ネイムだったのですが。
マイ・ホーム・タウンを日本語に移しますと、「わが町」でしょうか。新宿に生まれ、育ったのが、田辺茂一。今の「紀伊国屋書店」の創業者であります。田辺茂一は当然のように、『わが町 新宿』の本をお書きになっています。田辺茂一の生家は、新宿の、大きな炭問屋だったという。場所は、現在の「紀伊国屋書店」のある所。

「通りに面したところなどでも、昼なお暗い笹藪が生い茂り、忠臣蔵の定九郎でも、突如、あらわれそうな場所であった。」

明治三十年代の、新宿二丁目の様子を、そんなふうに書いています。隔世の感あり、どころでは追いつかない時代の変化であります。
新宿には今も、「中村屋」があるでしょう。あの「中村屋」は、明治四十年に、本郷から移ってきた。それはちょうど「紀伊国屋」の向い側。
明治四十年のことですから、電話のある店のほうが珍しい。その時代には、電話は紀伊国屋にあって、中村屋になかった。中村屋への電話が紀伊国屋にかかってくると。
「おおい、中村屋さん、電話ですよ……………」と叫ぶ。と、相馬 良夫人がいそいそと出てきたという。これまた、大隔世感でありましょう。
「タカノ」もまた、新宿の名店であります。明治三十年代の「高野果実店」は、戸板の上に栗を並べて売っていたとのことです。
タウンが出てくる小説に、『狐』があります。『狐』は、1920年頃、D・H・ロレンスが書いた物語。この中に。

「彼は六マイルほど離れたマーケット・タウンへマーチを連れて行き、そこの戸籍係に、自分たちふたりの名前を近く結婚するものとして掲示してもらった。」

こうやって、一定期間掲示して、異議がなければ結婚が可能だったのですね。
また、『狐』には、こんな描写も。

「ヘンリーはバンフォードの、ダーク・ブルーのタム=オ=シャンターをかぶった小柄な姿が………………。」

「タム=オ=シャンター」は、もともとスコットランドの民族帽。ベレーをうんと大きくした形の帽子。これは、「シャンター村のタム」の意味から出たもの。それで、時に「タム」と呼ばれることもあります。
さて、タムをかぶって、どのタウンにまいりましょうか。

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