クレイとクレープ・デシン

クレイは、粘土のことですよね。
clay と書いて「クレイ」と訓みます。
たとえば「クレイ射撃」だとか。
あれは粘土で作った素焼の皿を空に投げて、銃で撃つ競技。それで「クレイ射撃」と呼ぶのでしょう。
クレイが出てくる小説に、『寝園』があります。
昭和七年に、横光利一が発表した長篇。

「鳥を眞似した素焼のクレーが鳥のやうに飛び出す。スタンドの射手たちは、夫々自分の分のそのクレーを散弾で撃ち落すのだ。」

この『寝園』の主人公は、「仁羽」という設定になっています。仁羽の職業は、舶来洋服地の輸入業となっているのですが。
その仁羽の趣味がクレイ射撃なんですね。場所はおそらく戦前の軽井沢なのでしょう。
横光利一の『寝園』を読んでおりますと、服装描写が念入りであるのに気づくでしょう。

「トレスの鳥打に靴はペクチブ、ベンソンの時計に下つた鐵の鎖を少し覗かせたチヨツキ ー この地味なサックコートの梶の風采は、」

ここでの「梶」は、仁羽の友人のひとりなのですね。
当時はベンソンの懐中時計は高価で、憧れの的だったそうです。
それはともかく、わたしは『寝園』をファッション小説として読んだ記憶があります。
横光利一と付き合いのあった作家に、川端康成がいるのですね。

「横光氏に初めて會つたのは小石川中富坂の菊池寛氏の家であつた。その日の夕方、三人で家を出て本郷弓町の
江知勝で牛鍋の御馳走になつた。」

川端康成は、昭和四十一年に書いた随筆『横光利一全集解説』の中に、そのように出ています。
横光利一は、1898年3月7日、会津の生まれ。
川端康成は、1899年月14日、大阪生まれ。
横光利一の方が川端康成より、一年お兄さんだったことになるわけですね。
川端康成は、何度か横光利一についての随筆を書いているのも、おそらくLそのためなのでしょう。
余談ではありますが、「江知勝」は今でも同じ場所にあります。風情のある店で、ちょっとしたタイムスリップが味わえる店でもありますよね。
クレイが出てくる小説に、『恋する女たち』があります。1920年に、英国の作家、D・H・ロレンスが発表した物語。

「ドイツ娘がコーヒーをくばり、みんな巻煙草をくゆらすか、白いクレイの長パイプをふかした。このパイプが束にして用意されていたのである。」

これは夕食後の応接間での様子として。
また、『恋する女たち』には、こんな描写も出てくるのですが。

「だが、それは濃い黄色のクレープ・デ・シンの生地で、彼女の若々しい咽喉とほっそりした手首から、重々しく、また柔らかく、垂れさがっていた。」

「クレープ・デ・シン」crep de chin は日本でいう「絹ちりめん」のこと。
フランスの「クレエプ・ドゥ・シイヌ」から来た英語。
どなたかクレープ・デシンの生地でシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。