マクベスとマント

マクベスは、シェイクスピアの劇にもありますよね。
Macbeth と書いて「マクベス」。
もともとはスコットランドの人の名前ですね。
シェイクスピアが実在の王、マクベスを主題にしたので、『マクベス』。
『ハムレット』、『セセロー』、『リア王』、そして日本『マクベス』。これをシェイクスピアの四大悲劇というんだそうです。
ことに、時代を越えて人気の高い芝居が、『マクベス』ということになっています。
シェイクスピアはいつ『マクベス』を書いたのか。さあ、よく分かってはいません。
ただ、1605年8月7日に、宮廷で上演された記録があるとのこと。つまり、当時のジェイムズ一世も『マクベス』を観ているらしい。
ということは1600年頃に脚本はできていたのでしょう。

「人生は歩き回る影法師、あわれな役者、(中略)幕が下りれば沈黙の闇」

これをはじめとして、名科白が多いのも、シェイクスピアらしい演劇。
1667年に、『マクベス』を観た人物に、ピープスがいます。

「そして馬車で妻を兄の家へ迎えにゆき、そこから公爵劇場へいって、『マクベス』を見た。最近も見たものだけれど、あらゆる点からして、実にすぐれた芝居に見える。」

1667年『サミュエル・ピープスの日記』1月7日のところに、そのように書いています。
また、ピープスはこれよりも前にも『マクベス』を観ているのですが。

「そこで『マクベス』を見た。じつにすぐれた上演だった。多様性という点にかけては、、じつにすぐれた芝居だ。」

1666年12月28日の『日記』に、そのように出てきます。
これも同じく「公爵劇場」で。
当時からすでに『マクベス』の人気が高かったことが窺えるでしょう。
『サミュエル・ピープスの日記』を読んでおりますと。

「国王も貴族もコルチェスターできのラシャの外套、そしてご婦人たちは、寒い天気には、白のフランネルのマントしか着ない。」

1667年2月24日の『日記』に、そのように書いています。
どなたか白いフランネルのマントを仕立てて頂けませんでしょうか。