宿とヤッケ

宿は、宿屋のことですよね。
旅館とも言います。
昔は「旅籠」とも言ったようですが。
宿は必ずしも日本だけのことではありません。
世の中に旅がある以上、なにかしらの「宿」があるに違いありません。
英国なら、「イン」inn でしょうか。英国のインは、日本の「宿」に近いものでしょう。
十七世紀のイギリスでは、インが流行ったらしい。
1660年に、英国のサミュエル・ピープスは、オランダに旅しています。
サミュエル・ピープスは海軍省の役人ですから、出張でもあったのでしょう。

「宿屋へ食事に。そのあと明日着るための肌着を少し買いに出かけ、そして床屋へ。」

1660年5月19日の『日記』に、そのように書いてあります。
これはオランダのハーグでのこと
オランダ製の肌着の着心地はどうだったのでしょうか。
明治四十四年に、島崎藤村が書いた短篇に、『下仁田の宿屋』があります。

「上州の下仁田といふ宿屋の二階で、ある若い美術家風の男が、油絵の絵具函を卓の上に置きながら、そこで落合つた年上の男に話し出した。」

『下仁田の宿屋』は、そんなふうにはじまる小説なのですが。
宿はたしかに泊まるところでありますが。宿で仕事をすることもあるようですね。
たとえば作家が小説を書くだとか。
これも一例ですが。川端康成は、宿で原稿を書いています。『雪國』を「高半旅館」で書いたように。

「翌日は松本郊外御田家(おぼけ)温泉牡丹の湯泊り、次の日十九日には湯田中に落ち着き、丹羽文雄さんゆかりの萬屋に泊っています。」

奥様の川端秀子は、『川端康成の思い出』の中に、そのように書いています。
川端康成が昭和二十八年に書いた小説に、『川のある下町の話』があります。この中に。

「義三には僕のウヰント・ヤッケとスキイを貸すよ。」

そんな会話が出てきます。
これは弟の義三がスキーに行くので。
「ヤッケ」jack はもともと、ドイツ語で「上着」のこと。英語の「ジャケット」にも似ています。
それが日本語になって、防寒、防風の上着を指すようになったものです。
どなたか山歩き用のヤッケを作って頂けませんでしょうか。