梨と夏服

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梨は、美味しいものですよね。どうして梨は梨なのか。これにもいろんな説があるみたいで。その中のひとつに。「なかしろ」。中が白いから、しれを縮めて、「梨」になったとも。
梨のことを、「有りの実」とも。忌み言葉ですね。スルメでは具合が悪いので「アタリメ」に言い換えるたぐい。「擦る」は悪いので、「当る」に変えるわけです。
「無し」では困るので、「有りの実。

「ほほ。 ( 打笑み ) 筧の下に、ありのみが冷やしてござんす、上げましょう。 ( と夕顔の蔭に立廻る。 ) 」

大正二年に、泉 鏡花が発表した戯曲『夜叉ヶ池』にも、そのように出てきます。
泉 鏡花は梨もさることながら、林檎もお好きだった。でも、泉 鏡花の林檎の食べ方はいっぷう変っていました。とにかく病偏が付くくらいの潔癖症。鏡花が林檎を食べるとか、奥さんが皮を剥く。小刀で、林檎の中身には決して手が触れないように。
奥さんがそうやって皮を剥いた林檎を、鏡花は親指と中指とで、上下を挟んで受けとる。この二本の指だけで、林檎をくるくる回しながら、食べる。で、二本の指が触れた上下は、惜しげもなく捨てたそうです。
梨が出てくる小説に、『思出の記』があります。徳富蘆花が明治三十三年に書いた物語。

「 「 デザアト」が新薩摩芋のふかしたのに、冷水に浸した梨。」

また、『思出の記』には、こんな描写も出てきます。

「或日麻の夏服を着た眉の濃い青年が片手に夏帽をとつて満面の汗を拭きふき息をつきつき莞爾やつて來た。」

これは「兼頭君」という若者の着こなし。
たぶん、白麻の三揃いだったのでしょう。白麻の夏服で、よく冷えた梨をいただきたいものですね。

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