ハンティングトンとハンカチ

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ハンティングトンは、人の名前ですよね。もっとも地名の「ハンティングトン」もあるみたいですが。もしかしたら、「狩猟場」と関係ある言葉なんでしょうか。
ハンティングトンがミドル・ネイムにつく推理作家といえば、ヴァン・ダインでしょう。あの有名なヴァン・ダインは、筆名。本名は、ウイラード・ハンティングトン・ライト。もともとは、美術評論家でした。
美術評論家時代のウイラード・ハンティングトン・ライトは、心の病で入院。医者から、「難しい本は絶対に読んではなりません」。
でも、無類の本好きのハンティングトンは、退屈で、苦痛で。特にドクターにお願いして。「柔らかい本なら」と、お赦しをいただく。
それからは毎日毎日、推理小説を。読んだ推理小説、五千冊。五千冊かどうかはさておき、「この程度なら私にだって………………」。
で、書きあげたのが、『ベンスン殺人事件』。1926年のことであります。『ベンスン殺人事件』が話題となりまして。美術評論家から、推理作家へ。つまり、ウイラード・ハンティングトン・ライトから、S・S・ヴァン・ダインへと変身したのです。
『ベンスン殺人事件』がどうして、話題になったのか。あまりにもペダンティックだったから。「衒学的」とでも申しましょうか。平たく言いますと、たいへんキザな文章だったので。
もし「もっとも衒学的な推理作家は?」の問いがあったなら。「ヴァン・ダイン」と答えて、それほど大きな間違いではないでしょう。
ヴァン・ダインは、1927年に第二作となる『カナリア殺人事件』を発表。1928年には、『グリーン家殺人事件』を上梓しています。

「この作風は小生には最も好きな型であつて、やや創作慾をそそります。」

ここでの「小生」とは、江戸川乱歩。昭和四年の、『グリイン家惨殺事件』への解説に、そのように書いています。日本での『グリーン家殺人事件』の初訳は、おそらくこの昭和四年のものかと思われます。訳者は、平林初之輔になっているのですが。この『グリイン家惨殺事件』の中に。

「色つきの絹ハンカチを胸のポケットからあまり大袈裟に出し過ぎてゐた。」

と訳されています。これは、チェスター・グリーンの着こなし。
胸の「ポケット・スクエア」はもともと手拭き用ですから。濡れた手で摘み出せれば、それで良いのです。
これ見よがしのペダンティックは、ヴァン・ダインに任せておきましょう。

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