バッハとバティスト

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バッハは、ヨハン・セバスティアン・バッハですよね。
バッハといえば、『マタイ受難曲』でしょうか。1727年にライプツィヒではじめて演奏されたという。でも、しばらくの間忘れられていて。1829年にメンデルスゾーンが演奏したことで、ふたたび愛されるようになったんだそうですね。
バッハを愛した音楽家のひとりに、ベートーヴェンがいます。

「ハルモニーの父祖」セバスチャン・バッハの気高い偉大な芸術に対して私の心は全的に鼓動する。

ベートーヴェンは、1802年に友人のホーフマイスターに書き送っています。
事実、ベートーヴェンの自分の部屋には、バッハの胴像が飾ってあったという。
ベートーヴェンとバッハの共通点。おふたりとも、若くしてお母さんを亡くしていることでしょうか。
1787年に、ベートーヴェンのお母さんが世を去った。その時、ベートーヴェンは、言った。

「母は僕のためにほんとうによい母、愛すべき母、僕の最良の友だった。」

若い頃のベートーヴェンはピアニストでもあって。その弾き方は自由奔放だったと伝えられています。ロマン・ロラン著『ベートーヴェンの生涯』に、そのように出ています。また、ベートーヴェンの藝術観は。

「さらに美しい」ためならば、破り得ぬ藝術的規則は一つもない。

自由奔放な作風を採ったひとりに、サガンがいます。フランスの、フランソワーズ・サガンが。
サガンが、1983年に発表した小説に、『愛の中のひとり』が。これはサガンとしては珍しく、時代小説。時代背景は、1832年頃のフランスに置かれています。この中に。

「彼女はバティスト生地やシャツのカット、パリに行ったらまずどんな買物を彼にするかについて話していた。」

これは貴婦人のフローラが、若き詩人の、ジルダスに話している場面。
バティスト b at ist e は中世のフランスにはじまった織り方で、最初はリネンだったという。ジャン・バティストという職人が考案したので、その名前があります。
バティストの、カットの佳いシャツで、バッハを聴きに行くとしましょうか。

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