シャンピヨンは、人の名前にもありますよね。
Champion と書いて「シャンピヨン」と訓みます。
英語式なら「チャンピオン」でしょうか。
たとえば、エドゥワール・シャンピヨン。
今、手元にある百科辞典には出ていませんでしたが。
渡辺一夫の随筆『エドゥワール・シャンピヨンのこと』で、はじめてその名前を識ったのですが。
エドゥワール・シャンピヨンは、1882年10月10日に巴里に生まれ、1938年2月28日に、巴里で世を去っています。
これもまた渡辺一夫の随筆によって教えてもらったことなのですが。
エドゥワール・シャンピヨンは、巴里の古書店の主人。と同時に、中世フランス文学の研究家でもあった人物。
渡辺一夫はエドゥワール・シャンピヨンに巴里でも会っています。また、親しくもなって。
渡辺一夫の先生、鈴木信太郎の紹介によって、エドゥワール・シャンピヨンに会うことができた、とも。
このエドゥワール・シャンピヨンのお父さんが、ジャン・シャンピヨンで、ジャンもまた古本屋の亭主であり、古文書の研究者でもあったお方であったとのことです。
渡辺一夫が巴里に留学したのは、1931年の秋。その時以来、シャンピヨンとの交流があったとのことです。
渡辺一夫がいよいよ、帰国する時には、わざわざ下宿まで訪ねて来て。
「君の帰国を祝って、食事を差し上げたたい。」
そう言ってくれたとのことです。
高峰秀子の対談集『いつぴきの虫』を読んでおりますと。
「先生がかつて下宿されていたカルチエ・ラタンの部屋に入れて頂いたのです。」
ここでの「先生`」が、渡辺一夫なんですね。
高峰秀子の『いつぴきの虫』には、松山善三の話も出てきます。
「靴が六足、スポーツシャツ十八枚。ワイシャツ生地十二枚分。」
これはある時、香港に旅した折の買い物として。
「シャツの生地」は、「シャーティング」。
どなたか厚手の絹のシャーティングを作って頂けませんでしょうか。