懐中時計とカラア・ボタン

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懐中時計は、ポケット・ウォッチのことですよね。今の、腕時計よりも前に用いられた時計のこと。
たいていはチョッキの脇ポケットに入れておいたものですが。トラウザーズの右脇に専用ポケットを設けておくこともありました。伝統的なジーンズの、小さなポケット。あれも、「フォブ・ポケット」。本来は懐中時計のためのポケットだったのです。
むかしの洋服用語では、「時計隠し」と呼ばれたものですね。
懐中時計にも、いろんな種類がありまして。やや特殊なものでは、「オートマタ」。オートマタを仕込んだ懐中時計なので、「オートマタ」。
オートマタ a ut om at a はもともと、「自動人形」のこと。十八世紀頃までは、オートマタの専門家がいたものです。
たとえば、スイスの、ピエエル・ジャッケ・ドロオ。ピエエル・ジャッケ・ドロオは、1721年7月28月に、スイスに生まれた時計師。時計師でもあったのですが、その一方で、優れたオートマタを完成させた人物でもあります。
ひとつの例を申しますと。1772年に、ピエエル・ジャッケ・ドロオが製作した「ライター」。「文筆家」の意味です。「ライター」はもちろんオートマタで、小さな人形。これのボタンを押すと、紙の上にペンで、「文章」を書きはじめるのです。この「ライター」は、ピエエル・ジャッケ・ドロオが、約6、000個の部品を組み合わせたものでありました。
日本に置き換えるなら、からくり儀右衛門のようなお方だったのでしょう。でも、時代としては、はるかにピエエル・ジャッケ・ドロオのほうが古いお方だったのですが。
それはともかく、オートマタ付きの懐中時計は、主に裏がスケルトンになっていた、ここに人形の動きがあらわれる仕組のものでありました。十八世紀頃の紳士は、そうやって淑女の関心を惹いたのでしょうか。
懐中時計の出てくるミステリに、『奇商クラブ』があります。1905年に、G・K・チェスタトンが発表した物語。

「わたしは懐中時計を取り出した。すでに十二時を半ばも過ぎていた。」

もちろん、夜中の十二時なんですが。
『奇商クラブ』には、こんな描写も出てきます。

「わたしがなんとかしてシャツのカラーにつけようともがいていた飾りボタンにほかならなかったが………………」。

この「飾りボタン」は、カラア・ボタンのことかと思われます。物語は、1900年代のことですから、ディタッチト・カラアで、襟をシャツに付けて着たもの。その襟を取り付けるためのボタン。つまり、「カラア・ボタン」。シャツの前後、二ヶ所に嵌めて安定させたものです。
オートマタに較べれば、はるかに簡単な構造ではありましたが。

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