フラスク(flask)

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粋人必携秘密の小筺

フラスクが携帯用酒壜であることは言うまでもないだろう。
たいていはポケットに入れておくので、ポケット・フラスクとも。どこのポケットかというと、ヒップ・ポケットであることが多いので、ヒップ・フラスクとも呼ばれる。あるいはまた、「ハント・フラスク」 hunt flask の名前もある。もちろんハンティングの際によく使われるからだ。
そもそもフラスクはハンティングとの関係が深い。狩猟は戸外でのスポーツで、風も吹けば、雨も降る。寒さに震えることもあるだろう。そんな時に、身体を温めてくれる一杯のウイスキイやブランディは、ハンターの友であったに違いない。
狩猟用の、戸外用の携帯用酒壜ということから、様ざまな工夫が凝らされてきた。もちろん割れないための用心である。硝子壜を籐や革で巻くこともあった。あるいは硝子壜をシルヴァーで包んだりもした。シルヴァーで包むなら、はじめからシルヴァーでも良いではないか、という発想も生まれたのだろう。
シルヴァーなら割れないし、中に入れておく酒が変質することもない。ただしシルヴァーは高価である。そこでシルヴァーの代わりによく使われたのが、ピューター。ピューター pewter は、錫と鉛との合金。銀に似て、銀よりも手頃な値段でもある。日本では「白目」(しろめ)と呼ばれたりもする。
ところでフラスクと「フラスコ」とはそれほど遠くはない。昔、理科の実験で使ったあのフラスコと。フラスクもフラスコ frasco も同じく、ラテン語の「フラスコ」 flasco から来ている。それは、「酒を飲む器」の意味であったという。

ふらすこの 見えすく空に 霧晴れて

これは延宝八年(1680年) に、桃青の詠んだ句である。桃青は、後の芭蕉のことである。つまり芭蕉の時代にも「フラスコ」は知られていたのだろう。遥か遠い時代、ポルトガルなどから齎されていたに違いない。

「ウエイヴリイはフラスクから、少し飲んだ。」

サー・ウォルター・スコットが、1814年に書いた『ウエイヴリイ』の一節。少なくとも1814年にはすでにフラスクが使われていたものと思われる。と同時に、ポケット・フラスクやヒップ・フラスクよりも前に、「フラスク」が使われてもいたのだろう。

「我われのブランディ入りのフラスクは、ほとんど空になっていた。」

1860年に、ジョン・ティンダルが書いた書物に、この一文が出てくる。ジョン・ティンダルは、アイルランドの物理学者である。つまり1860年頃には、フラスクにブランディを入れることがあったことになる。

「シェリーの入ったポケット・フラスク……」

これは『大いなる遺産』(1860年) の一節。もちろんチャールズ・ディケンズも名作。ここでは「ポケット・フラスク」になっている。そして「ポケット・フラスク」には、シェリーが入っているのであろう。
一方、「ヒップ・フラスク」は1928年『サンデイ・ディスパッチ』紙九月二十日号に出ている。

「ヒップ・フラスクのある人生に導かれて……」

これは「ヒップ・フラスク」の、比較的はやい例であるかも知れない。一個のフラスクが人生を変えるのかどうかは知らない。が、人生に彩りを深めてくれることは間違いないだろう。
今、フラスクには多く金属が使われる。金属であるからには、様ざまな彫刻を施すこともできる。ハンティング風景、フィッシング風景。あるいは山登りやゴルフの風景。そこに描かれる風景によって、フラスクの持ち主の趣味が窺えることもある。一方、昔ながらの籐巻きや革巻きのフラスクも、捨て難い味わい画ある。
それにしても、一杯の酒を持ち運ぶために、これほど多くの、これほど美しい装飾が施されるのは、「粋人の小筺」ならではであろう。

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