ゼクトとゼファー

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ゼクトは、ドイツのシャンパンですよね。
もし、こう言ったなら、シャンパンのほうでご機嫌を損ねるかも知れませんが。
「シャンパンはシャンパン、ゼクトはスパークリング・ワインだよ」と。イタリアにスプマンテがあるように、ドイツにはゼクトがあります。発砲性の白ワイン。s ekt と書いて、「ゼクト」と訓むわけです。
シャンパンがお好きだったのが、チェホフ。チェホフはもちろん、ロシアの文豪。チェホフの小説にはここそこにシャンパンが出てきます。

「何かこうもどかしい気持で真夜中を待ち受けていました。というのは、シャンパンが二本しまってあったからなんです。それもクリコ未亡人のレッテルのついた本物がですよ。」

チェホフが、1887年に発表した短篇『シャンパン』の一節。「クリコ未亡人」が、ヴーヴ・クリコであるのは、いうまでもないでしょう。帝政ロシアの時代には、フランス風が尊ばれて、シャンパンを大いに飲んだものです。
いや、ゼクトの話でしたね。明治の頃、ゼクトを飲んだ作家に、森 鷗外がいます。では、森 鷗外はどうしてゼクトを飲んだのか。
これは、ムンム大使から頂いたゼクト。アルフォンソ・ムンムは、ドイツの外交官。明治三十九年からしばらく、日本駐留大使だった人物。そのムンム大使からの頂き物。ムンム大使は、ドイツ、ゼクトの会社「ムンム社」の息子でもあったからです。
森 鷗外が明治四十四年に書いた短篇に、『流行』があります。この中に。

「一歩己の前に進んで来て、握手した。涼しげな、明るい色の背広を着ている。年は三十と四十との間である。」

この初対面の男が流行の服に身を包んでいるという物語になっています。
「涼しげな、明るい色の背広」、これはいったい何でしょうか。私は勝手に「ゼファー」を想像したのです。
ゼファー z ephyr は、軽く、薄く、風通しの良いウーステッドのこと。ギリシア神話に登場する「西風の神」、ゼファー Z ephyr us に因んでの命名。
なにかゼファーに似た生地の上着を羽織って、ゼクトを飲みに行くといたしましょうか。

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