ブランデーとブロカート

ブランデーは、火酒のことですよね。
火のごとく強い酒なので、「火酒」(かしゅ)。
昔の日本ではブランデーなどの強い酒のことを、「火酒」と呼ぶことがあったんだそうですね。
実際、ブランデーに火をつけると炎になります。
「フランベ」なんていうではありませんか。
また、歌にもよくブランデーが出てきます。

♪ これでおよしよ そんなにつよくないのに……

『ブランデー・グラス』はそんなふうにはじまる歌。
山口洋子作詞。たしか石原裕次郎が歌っていたような記憶があります。
ブランデー・グラスは大きくて、丸くふくらんで。掌で温めやすい形になっています。
ブランデーを掌で温めると、佳い薫りが。その薫りを愉しむために、飲み口が狭くなっているのですね。
たしかにブランデーの薫りはオオデコロンの代りに遣いたいほど。

「父一盃ノブランデイ酒に薬ヲ和シ之ヲ飲マシメテ僅カニ蒸餅一片ヲ喰ハシム。」

明治十一年に、丹羽純一郎が翻訳した『花柳春話』に、そのような一節が出てきます。
これは英国の作家、エドワード・ブルワー・リットンの
『カリストン』の翻訳なんだそうですね。
まるで薬であるかのようにブランデーを飲むこともあったのでしょうか。

「四方山の御話などもありて、麦酒火酒打交ぜて自らも聞こし召し、」

福地櫻痴が、明治三十年に発表した『大策士』に、そのような文章が出てきます。これは客が来て接待している場面として。
福地櫻痴は「火酒」と書いて、「ブランジー」のルビを添えているのですが。
明治三十年頃には日本でもブランデーを飲む習慣があったのでしょうか。

ブランデーが出てくる小説に、『ナナ』があります。
フランスの作家、エミイル・ゾラが1879年3月に発表した物語。
当時の新聞「ヴォルテール」に連載されて好評だった物語。そんなわけで、連載終了後、すぐに単行本に。当時としては大胆な五万五千部を刷ったという。
主人公の「ナナ」は絶世の美女。誰からも愛される女優という設定ですから、人気があったのも当然でしょう。
ゾラは『ナナ』の前に『居酒屋』を発表して、注目された作家。その『居酒屋』の後編とも言うべき小説が、『ナナ』。ゾラは『ナナ』の人気で、作家としての地位を築いています。
『ナナ』を読んでおりますと。

「二人とも角砂糖入りのブランデーを飲んでいた。」

そんな文章が出てきます。ここでの「二人」とは。
マダム・ルラと、マダム・マロワール。
当時の巴里ではそんな飲み方が流行っていたのでしょうか。今度、やってみましょうか。
また、『ナナ』にはこんな描写も出てきます。

「したからダゴベール王の金襴のチョッキがのぞいている。」

これはボスクという俳優の様子として。
ここでの「金襴」は、ブロケードのこと。
フランスなら「ブロカート」brocart でしょうか。
どなたかブロカートのジレを仕立てて頂けませんでしょうか。