アミアンは、地名にもありますよね。
Amiens と書いて「アミアン」と訓みます。
北フランスに位置している町のことです。
アミアンには「アミアン大聖堂」があることでも識られている所。
「アミアンのノートルダム大聖堂」とも呼ばれます。
フランスでもっとも古く、もっとも大きな大聖堂なんだそうですね。
英国の評論家、ウォルター・ペイターに、
『アミアンのノートルダム大聖堂』の論文があります。
「ゴシック教会のなかでもっとも偉大で純粋の極みに達した、アミアンのノートルダム大聖堂の見事な特性は、一三世紀初頭の典型的な世俗の傾向を示している。」
ウォルター・ペイターは、そのように書きはじめているのですが。
また、アミアン大聖堂は、1020年に、ロベール・ド・ルザルシュが建てはじめた。そのようににも記しています。
アミアン大聖堂に関係あるフランスの作家に、ジュール・ヴェルヌがいます。
1905年3月24日。ジュール・ヴェルヌはこのアミアンで世を去っているのです。七十七歳でありました。
ジュール・ヴェルヌは長くアミアンに住んでいたので。
ジュール・ヴェルヌが『八十日間世界一周』の著者であるのは、言うまでもないでしょう。
『八十日間世界一周』が発表されたのは、1872年。
ジュール・ヴェルヌ、四十四歳の時でありました。
ジュール・ヴェルヌは1828年2月8日、午後十二時に、
ナントに生まれています。
お父さんは、ピエール。お母さんは、ソフィーだったと、伝えられたいます。
ナントは、港町。ここから少し内陸に入ったところに、アミアンがあるのですね。
ジュール・ヴェルヌの生涯の友に、ナダールあいます。
写真家の草分け、ナダール。ジュール・ヴェルヌの顔写真が多くナダールによって写されているのは、そのためでもあるのでしょう。
ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』を読んでおりますと。
「クラブの給仕たちが、メルトン底の靴をはいた、あの燕尾服姿もいかめしい連中が、その料理を特製の食器にもって、」
これはクラブでの夕食の様子として。
「メルトン底の靴」。当時はそんな靴があったのでしょう。
メルトン底だと靴音が響きませんから。
どなたかメルトンの外套を仕立てて頂けませんでしょうか。