越後とエレガント

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越後は、ゆかしい名前ですよね。むかしは「越後」と呼ばれたんだそうです。今の新潟あたり。もっとも今なお、「越後湯沢」などといったふうに、遺ってもいますが。
越後湯沢ほどには知られてはいませんが、「越後広瀬」という駅があります。越後広瀬の現在は、無人駅。でも、むかしの越後広瀬には、駅長さんがいたのです。むかしとは、昭和三十年代のこと。
昭和三十年代の越後広瀬駅の乗降者、ざっと二百人ほどだった。もちろん、一日に。越後湯沢からもそれほど離れているわけではありません。
昭和三十年代の越後広瀬の駅長さんの名前は、笹木さん。笹木さんを含めて二人で、切符を切ったわけですね。
どうして昭和三十年代の、越後広瀬の話になったのか。1957年『暮しの手帖』冬号を開いているからです。『暮しの手帖』第四十二号に、越後広瀬駅が、八頁にわたって紹介されています。少なくとも、ちょっとしたタイムスリップが愉しめること、間違いありません。
『暮しの手帖』にはもちろん洋服の頁もあります。冬号では、「流行のそとにある美しさ」と題して、縞柄のワンピースが型紙つきで紹介されているのです。
そしてそこには、シャネルの言葉が添えられているのです。

「ぜいたくはよいものです。しかしぜいたくとは、外から見てお金のかかったことが分かったり、飾り立てたりしたことではありません。下品なところが少しもないということです。いかにも金のあるように見えるのは粋ではありますまい。単純でらくな衣裳、それがエレガントな衣裳なのだと思います。」

ごく簡単に言って、「エレガント」はむかしの貴族の様子だった。それを今の時代に貴族抜きで説明しようとするところに、難しさがあるのかも知れませんね。
現代の日本語における最高のエレガントは、『雪國』にあります。川端康成の『雪國』。そういえば、越後湯沢が物語の背景でしたね。

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