城とジャージ

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城は、シャトオのことですよね。たしかに城はシャトオなんですが、小説の題でもあります。
フランツ・カフカが、1922年に書いた長篇小説。長篇であると同時に、カフカの最高傑作だろうとも、考えられています。『城』。
カフカの『城』がどうして、1922年に「書いた」であるのか。カフカの生前には出版されることがなかったから。
カフカは1922年頃、必ずしも元気はつらつではなくて。そんな中であの『城』のような名作が生まれたのか、不思議に思えてくるほどです。
1922年。カフカが『城』を書いている頃の、写真が遺っています。カフカが、オペラハウスを背にして立つ姿。
カフカはグレイかと思えるラウンジ・スーツを着て、ホンブルグをかぶって。ラウンジスーツは片前の三つボタン型で、白のシャツに黒のネクタイ。襟の形はラウンド・カラーで、そのラウンド・カラーをそっくり上着の上に出している。ちょうどイートン校の生徒でもあるかのように。これは、「カフカ流」だったのでしょうか。
カフカが1922年に発表した短篇に、『断食芸人』があります。断食芸人そのものは昔からヨーロッパには広くあったんだとか。
断食が果たしていつまで続くのか。その興味で人びとが集まって、投げ銭をする。それをカフカ流の物語に仕上げたのが、『断食芸人』。

「断食芸人はといえば、蒼ざめた顔をして、黒いジャージのぴったりした運動着を身につけ………………。」

シャネルが巴里に店を開くのが、1910年のこと。シャネルがもともと下着用だったジャージで、女の動きやすい服を作りはじめたのも、ほぼ同じ頃。もっともシャネルは絹ジャージだったのですが。
シルク・ジャージのジャケットで、ロワールの城巡りをしてみたいものですね。

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