フロック・コート(frock coat)

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

第一服装遺産

フロック・コートは昼間の第一正装である。ふつう丈長の、両前上着で、背に深くヴェントとヒップ・ボタンとが付く。
フロック・コートの略装として、モーニング・コートが生まれたのは、よく知られている通り。アメリカでモーニング・コートを「カッタウエイ・フロック」と呼ぶことがあるのは、そのためである。
フロック・コートは十九世紀のはじめからその後半までは、紳士に欠かせない服装であった。そのために十九世紀を背景とした映画や演劇には、フロック・コートが登場することになるわけだ。つまり十九世紀なか頃までのフロック・コートは、今のスーツに似た存在だったわけである。
フロック・コートの歴史は、古い。十八世紀末から、フロック・コートらしきものがあったという。そしてそれ以前には「フロック」 frock の名で呼ばれたのだ。フロックは英国の中世に遡る服装とのことである。
今のようなフロック・コートが登場するのは、1816年頃と考えられている。ただしその頃のフロック・コートは、シングル前の、簡素なスタイルのものであった。その後すぐにダブル前のフロック・コートがあらわれている。
1829年『ザ・ジェントルマンズ・マガジン・オブ・ファッション』1月号にも、ダブル前のフロック・コートが登場している。それは極端なほどにウエストを絞り、スカート (裳裾 ) を拡げたスタイルとなっている。その下にはやはりダブル前の、花柄のウエイストコートと、細身のトラウザーズとが組み合わされている。
ここで注目されるのは、ウエイスト・シーム( 腰縫目 ) が添えられていること。フロック・コートにウエイスト・シームがつくのは、1823年以降のことであるという。
1839年頃の英国で流行ったものに、「タリオリーニ・フロック」 Tagliolini frock がある。これは襟幅の広い、身体にフィットしたフロックで、両脇にカーヴド・ダーツが入っていた。前身にカーヴド・ダーツがあったということは、背にも入っていたのである。
タリオリーニとは、イタリアの舞踏家、フィリッポ・タリオリーニのことで、彼の着ていたフロックが元になっているのであろう。フィリッポ・タリオリーニは1838年頃、英国で公演を行って、人気を得た人物なのだ。それはともかくフロック・コートにサイド・ボディ ( 細腹 ) が配されるのは、1839年以降のことと思われる。
1849年『ザ・ジェントルマンズ・マガジン・オブ・ファッション』誌6月号に、シングル前の、軽快なフロック・コートが紹介されている。これは当時、「フロック・ジャケット」の名前で呼ばれたものである。このフロック・ジャケットにも、花柄のチョッキを組み合わせている。またその下には、明らかにストライプ ( 側章 ) をあしらったトラウザーズを穿いているのだ。

「フロック・コートは英国特有の服装ではあるが、フランスでは「パルドゥシー・ルダンゴット」 pardessus redingote と呼ばれている。」

1858年『ザ・ジェントルマンズ・オブ・ヘラルド・マガジン』誌にはそのように出ている。フランスでの「パルドゥシー」は、外套のこと。また、「ルダンゴット」は、英語の「ライディング・コート」をフランス訓みにした言葉。

「燕尾服はむしろ英国流にフラック frack と言うべし。」

フロベール著『紋切型辞典』の一文である。フロック・コートも燕尾服も、イギリスの影響が少なくなかったのであろう。

「黒の綾織のフロックコートに、白と黒の大名縞の細き方なるズボンを穿ちて。」

広津柳浪著『女子参政蜃中樓』 (明治二十年発表 ) に、そのように書かれている。明治はじめの紳士の服装である。これは絵入り小説でもあって、見ているだけでも愉しい。小説に描かれた「フロックコート」としては、比較的はやい例である。

「黒羅紗の半「フロックコート」に同じ色の「チョッキ」、洋袴 (づぼん ) は何か乙な縞羅紗で……」

二葉亭四迷著『浮雲』 ( 明治二十二年発表 ) の一文。明治初年のフロック・コートには、ストライプト・トラウザーズを合わせることが多かったものと思われる。

「紺ラシャのフロックコート、チョッキ、ズボンを求めた。全部で三十二ドルであった。 ( 中略 ) ここで私は故国のことわざを思い出した。「馬子にも衣裳」 。」

『アメリカ彦蔵自伝』には、そのように出ている。1853年6月2日、サンフランシスコの港に着いて、すぐ服装を整える場面なのだ。
その昔、フロック・コートがあったこと。「馬子にも衣裳」の諺があったこと、忘れてはならない。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone