ティボーデとティロリアン・ハット

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

ティボーデというフランス人がいたんだそうですね。アルベール・ティボーデ。フランスの文芸評論家。
アルベール・ティボーデは、1847年にブルゴーニュに生まれています。ブルゴーニュ生まれと関係があるのかどうか。小説の出来不出来を、ワインのそれに喩えるのが、お上手だったそうですね。ブルゴーニュでは、その年のワインの出来を云々するのは、年中行事だったという。もしかすればティボーデの文芸評論もここで磨かれたのかも知れませんが。

「 『ドン・キホーテ』は小説の中で行われた小説の批評なのだ。」

ティボーデは、そんな風に語っています。三島由紀夫は『私の小説の方法』で、このティボーデの言葉を引用しています。
三島由紀夫が愛読した作家に、ラディゲがいます。フランスの文人、レイモン・ラディゲ。レイモン・ラディゲは十七歳で、『肉体の悪魔』を書いたと信じられています。『肉体の悪魔』は今も、傑作であり、古典とされています。「天才は夭折する」の言葉通り、ラディゲは二十歳で天に召されています。
三島由紀夫のラディゲへの傾倒はひとかたでなく、『ラディゲの死』と題する小説を仕上げてもいるほどです。三島由紀夫の『ラディゲの死』を読むと、ラディゲがまさに天才の中の天才だったことが分かります。
ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』の中に。

「アンヌは、今度はナルモフのチロル風のソフト帽子をかむってあらわれた。」

アンヌ・ドルジェルは、ドルジェル家の夫人という設定。それが人を面白がらせるために、チロル帽をかぶってみせる場面。
もともとティロル地方の民族帽なので、「ティロリアン・ハット」。民族帽が登山帽となって、それから広く、一般に広がったものです。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone