シカゴとシェットランド・トゥイード

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シカゴはアメリカの町ですよね。イリノイ州の。町というより堂々たる都市であります。
シカゴを歌ったものに、『アイ・ラヴ・シカゴ、シカゴ・マイ・ホーム』があります。1975年のヒット曲。ディック・マークスの作曲。もっともこれは古くからのフォークソングだったそうですが。
ディック・マークスはもともとピアニストで。若い頃からシカゴのクラブでピアノを弾いて、腕を磨いた人なんだそうですね。
シカゴで、忘れてはならないのが、チャンドラー。ハードボイルドの巨匠、チャンドラー。レイモンド・ソーントン・チャンドラーは、1888年7月23日、シカゴに生まれています。
ただ、家庭の事情で、七歳で、英国に。その後の教育はイギリスで受けています。そして1912年。チャンドラー二十三歳の時、ふたたびアメリカへ。これをも「帰る」と言って良いのかどうか、知りませんが。
チャンドラーの七つの名作には、アメリカの俗語に満ちていて。でも、チャンドラーはこれらのアメリカ語を「学習して」書いたと、語っています。チャンドラーのふだんの話し方は、イギリス人のようであったと、伝えられているのですが。
レイモンド・チャンドラーが、1943年に発表してのが、『湖中の女』。原題は、『ザ・レディー・イン・ザ・レイク』。田中小実昌訳もあり、清水俊二訳もあり、村上春樹訳もあります。村上春樹訳は、『水底の女』になっているのですが。
田中小実昌訳、清水俊二訳、村上春樹訳を並べて、読み較べるのは、無上の歓びでありましょう。村上春樹訳『水底の女』の中に。

「クリーム色のシェットランドのスポーツコートを着たキングズリーは……………。」

と、出てきます。ドレイス・キングズリーは、香水会社の社長という設定。
ここでの「スポーツコート」、これもいかにもアメリカ式の表現になっています。「シェットランド」は、もちろんシェットランド・トゥイードのこと。節糸が飛んで、趣のある生地ですね。
さて、シェットランド・トゥイードの替上着を羽織って、チャンドラーの本を探しに行くとしましょうか。

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