ブランチとブラック・ヴェルヴェット・カラー

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ブランチは、朝昼兼用食のことですよね。やや遅いブレックファースト、やや早いランチ。これを足して二で割ったのが、「ブランチ」なのでしょう。
ブランチについてなにか粋なひと言をお出ししたいのですが、想い浮びません。そこで、代りにランチの話でお茶をにごすといたしましょう。
『ランチ』と題する美事な短篇小説があるのです。サマセット・モオムが、1920年代に書いた物語。
今はモオムの短篇集『コスモポリタン』に収められています。
1924年頃、雑誌『コスモポリタン』の編集長に、レイ・ロングという人物がいて。
モオムに短篇を書かせようと。その条件は、「ジャンプ」なし。
雑誌での小説は、良いところまでくると、「以下は何ペエジに」とか書いてあります。あれを、「ジャンプ」と呼ぶらしい。
でも、レイ・ロングはモオムに、「ジャンプなしで」と。この『コスモポリタン』での読切小説は、1924年から1929年まで続いたそうですから、人気だったのでしょう。
その中でも『ランチ』は、ことに鮮やかであります。
『ランチ』の背景は、1910年頃の巴里。「私」が、「彼女」にランチに誘われる話。
1910年頃の「私」は、それほど裕福ではない、という設定になっています。
「彼女」とは。モオムは「四十くらい」と書いていますが、舞台女優ではないかと想像させるところがあります。
当時、巴里の一流レストラン「フワヨー」で。「私」の所持金は、八十フラン。
「フワヨー」の席に着いた「彼女」は。「わたくし、ほんの少ししか頂けませんのよ」を、連発。「私」はこれなら足りるかな、と。
ところが「彼女」はキャヴィアを頼み、シャンパンを頼み。出始めのアスパラガスにサーモンを頼む。
その結果。「私」は、「フワヨー」で、三フランのチップしか置くことができなかった。
モオムの『ランチ』の最後の一行は。

「今日、彼女は三十五貫以上も目方がかかるのである。」

これは、龍口直太郎訳。キロに換算すると、軽く百キロを超えていることになります。
えーと、たしかブランチの話でしたね。
ブランチが出てくる小説に、『ランポール弁護に立つ』があります。1978年に、
英国の、ジョン・モーティマーが発表した物語。ジョン・モーティマー自身、弁護士でもありますから、事件や法廷が出てくるのも、当然でしょう。

「目玉焼きにブランチバーガー、それにフライドポテトと新鮮なトマトがついてございます。」

これは主人公、ランポールが乗った列車内の食堂での、ボーイの説明として。「ブランチバーガー」というのがあるんですねえ。
また、『ランポール弁護に立つ』には、こんな描写も。

「ベルベットの襟がついたオーバーコートと山高帽で見事に決めている。」

これは、ガスリー・フェザーストーンの着こなし。ガスリー・フェザーストーンは、バリスターという設定。
イギリスでの弁護士には大きく二種あって。バリスターと、ソリシター。また、バリスターの中でも、十年以上の経験を持つ者を、「クイーンズ・カウンセル」。ふつう、「勅選弁護士」と訳されるのですが。ごく簡単に申しますと、偉いんですね。
その勅選弁護士のフェザーストーンが、ブラック・ヴェルヴェット・カラーのチェスターフィールド・コートを着ている。これはまあ、当たり前でしょうね。
ブラック・ヴェルヴェット・カラーは、おしゃれという以前に、「古典的」ということなんです。十八世紀の習慣を今なお守っている点において。
まあ、無言のうちに「私は古いですぞ!」語っているようなものであります。
どなたか古典の極みのようなブラック・ヴェルヴェット・カラーのコートを仕立てて頂けませんでしょうか。

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