星とホンブルグ

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星は、スタアのことですよね。
s t ar と書いて、「スタア」と訓みます。
英語での慣用句にも、「スタア」が用いられることがあります。
たとえば、「彼は運が向いている」。「ヒズ・スタア・イズ・イン・アセンダント」。
これは昔の占星術からきた言葉なんだとか。はるか遠い時代の星占いでは。
その人が生まれた時、地平線上に輝いていた星に生涯守られるという考え方があったんだそうですね。
天気の良い日に空を見上げると、多くの星が瞬いているわけで。古代人がその星の動きに、運命を読もうとしたのも、当然であったでしょう。
「ブレス・マイ・スタアズ!」。これは「私の幸運に感謝いたします」の意味になるんだそうです。

星の研究で有名な日本人に、野尻抱影がいます。作家の大佛次郎のお兄さんでもあります。

「フェニキヤ王アゲノールの娘エウローぺが、或る日、海のほとりの牧場で、友だちとつみ草をしていると、どこからともなく雪のように白い牛がやって来た。」

野尻抱影著『星の神話傳説集成』に、そのように出ています。
「おうし座」のギリシア神話について。
白い牛は、王女の前で膝まづき、「お乗りなさい」と言わんばかり。エウローぺが牛の背に乗ると。牛は飛んで、海に入ったという。それが天に昇って、今の「おうし座」ができたのだという。

「東京の友のことを思出し、十一月九日には星の名に関する興味ある話をききに出かけたいものだと念願した…………」。

新村 出の随筆『星の名』に、そのように出ています。
これは昭和十四年十月二十日のこと。
新村 出はこの日、奈良。奈良の「新田辺駅」のホームで電車を待っている間、夜空を見上げて。友を想う。
その「友」が、野尻抱影だったのです。
野尻抱影の若い頃の写真を見ますと。それはおそらく、明治四十五年頃のことだと思われるのですが。
着物姿に、ホンブルグをかぶっています。それがまた、よくお似合いで。美男子でもあります。
明治期に和装にホンブルグは別に珍しいことではありませんでした。いや、むしろ最新流行の着こなしでもあったでしょう。
ホンブルグの誕生は、十九世紀末の、ドイツで。温泉地、ホンブルグ。
この温泉地ホンブルグをしばしば訪問したのが、皇太子時代の、エドワード七世。
この英國皇太子を歓迎する意味で、ホンブルグの帽子工場が贈ったのが、はじまり。
そのために、今なおホンブルグには「高貴」の印象があるわけです。
どなたか極上のホンブルグを作って頂けませんでしょうか。

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