花鋏は、花の茎を剪るための鋏ですよね。花を活ける時に重宝する鋏であります。西洋鋏と違って、丸みを帯びた形。刃は丈夫で、柳の小枝なども難なく剪れてしまいます。
「柳川子の手いれ、花ばさみのお陰で、木ぶりは直しても………」
江戸末期に、為永春水が発表した物語『春色梅児誉美』に、そんな一節が出てきます。花鋏。たぶん江戸時代から用いられていた言葉なのでしょう。
花鋏が出てくる小説に、『やみ夜』があります。明治二十七年に、樋口一葉が発表した作品。明治二十七年には一葉、二十三歳でありました。
「………今日は父様の御命日なればお花は我れが剪りて奉らんとて花鋏手にして庭へ下りらるゝに、撫子ならば裏の方が美しとて直次も続いて跡を追ひぬ。」
明治二十九年十一月二十三日。一葉は、二十四年の人生の幕を下ろしています。
樋口一葉の第一作は、明治二十五年に発表された『闇櫻』。活躍期は、わずかに五年。この五年の間に、『にごりえ』も『たけくらべ』も『十三夜』も『大つごもり』も完成させているのです。
この一葉の奇跡的な執筆は、世界的にも例がありません。ことにその情感の深さにおいて。
樋口一葉は、日本が世界に誇る宝でもあるでしょう。
明治二十四年、はじめて半井桃水を訪ねた時、小説を書く理由についても話しています。「家族の生活を助けるために」と。
その頃、友人でもある三宅花圃が、『藪の鶯』で三十三円二十銭を得たことを聞いていたからです。明治二十四年の三十円はさぞかし大金であったでしょうから。
一葉の『やみ夜』には、こんな描写も出てきます。
「………今日の車夫も被布に沢潟の縫紋ありけり………」
一葉は、「被布」と書いて「はつぴ」と訓ませています。被布は、軽い上着のことです。あえて西洋に探せば、カーディガンにも近いでしょうか。
どなたか被布式のカーディガンを編んで頂けませんでしょうか。