ベレー(beret)

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世界最古の自由帽

ベレーは誰もが知り、誰もが被る帽子である。
ブリムもなければ、クラウンもない。これくらい簡素な帽子も珍しい。簡素であるだけに、ありとあらゆる被り方が可能でもある。
チェ・ゲバラが被れば、チェ・ゲバラの帽子になり、ジョン・レノンが被れば、ジョン・レノンの帽子になる。
ベレーにも大きく分けて、二種類がある。「バスク・ベレー」と、「ブレトン・ベレー」との。つまり、バスク風のベレーと、ブルターニュ風のベレーと。バスク・ベレーがやや小型であるのに対して、ブレトン・ベレーは大型に仕上げられる。
ベレーにおけるスエット・バンドの有無、裏地の有無、ティントラの有無などによって様ざまな説が語られる。「ティントラ」は、ベレー頂上の極小の房のことである。
今日のベレーの原型は、古代ローマはもとより、古代ギリシアにもあったらしい。帽子の形として現在にまで伝えられるものとしては、「最古」と言って良いかも知れない。
1533年頃に、ハンス・ホルバインが描いた一枚の絵がある。ハンス・ホルバインは、英国王、ヘンリー八世の宮廷画家だった人物。その絵にはふたりの紳士の姿が左右に配置されている。左にはロンドンを訪れたフランス大使。右にはそれを迎える聖職者。その両者とも、現代の我われから見ればベレーを被っているのだ。
ことに英国人聖職者の帽子は特徴的で、「フォア・コーナード」になっている。つまり四つの角を尖らせている。それは古い時代からの、典型的な「ビエレッタ」 bieretta の姿なのである。
英語でのビエレッタは、イタリア語の「ベレッタ」berrett とも関係ある言葉。イタリア語の「ベレッタ」は、1281年ころから使われているという。一方、フランス語の「ベレ」beret は、1819年ころからであるという。
イタリア語の「ベレッタ」も、フランス語の「ベレ」も、英語の「ベレー」もすべて、ラテン語の「ビレトゥーム」 biretum から出発している。ビレトゥームは、「ビルルム」 birrum とも呼ばれたそうである。

「オーグスティンの修道士たちは、四つの角を尖らせたベレーを被っている。」

アン・ジェイムスン著『修道士規律の時代』(1850年刊) の一節。アン・ジェイムスンは、アイルランドの美術評論家。ここにもフォア・コーナード・ベレーが登場している。それはカトリックの聖職者であることを示し帽子であったもだろう。

「その時代の服装を身に着け、羽根を飾ったベレーを被っている。」

これは1862年の、『スウェーデンにおける一年』に出てくる一文。著者は、ホーレイス・マーレイ。ベレーは角を尖らせることもできるし、羽根を飾ること。ベレーに限ったことではないが、帽子に羽根を飾ることを、「プリューム」plumという。もっと気取りたいなら、「プリュメイジ」 plumage の表現もある。

「彼の雄鶏の羽根を挿した真紅のベレー。」

1882年『ハーパーズ・マガジン』の一節。赤いベレー。ということは、白い羽根でもあったのだろうか。

「彼はゆったりとしたヴェルヴェットの外套に、赤いベレーを被っている。」

ジョージ・デュモーリエ作『トリルビー』の一行。1894年の話題作。十九世紀末には、真紅のベレーが流行ったのだろうか。
アーネスト・ヘミングウェイの『移動祝祭日』には、「バスク・ベレー」が出てくる。『移動祝祭日』の背景は1920年代の、巴里。これは当然であろう。1920年代の巴里の街で、ベレーを見かけない日は、一日もなかっただろうから。

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