櫛と靴下

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櫛は、髪を梳かすための道具ですよね。櫛がなくては髪が梳かせない。もっとも私のように髪がなくては櫛が役に立たないのですが。
櫛は、『古事記』にも出てくる言葉ですから、さぞかし古いものなんでしょう。むかしは「髪」と書いて、「くし」とも訓んだ。そこから「櫛」の文字が生まれたのでしょうか。
櫛は、柘植が良いとされます。つげの櫛。つげの櫛を椿油で磨いて、その櫛で髪を梳かすと、まこと美しい髪が生まれるんだとか。これもまた、故き佳き日本の知恵なのでしょう。
今もありますが、「十三屋」。九と四を足すと、十三。で、「十三屋」は櫛を商う店のこと。江戸時代の平民のシャレであります。
十三屋とは別に、「二十三屋」というのもあったらしい。團伊玖磨の随筆『十三屋』に出てきます。
「二十三屋」は、「唐櫛」を商う店。「とうぐし」を分解すれば。十と九と四。これを足すと、二十三になるから、「二十三屋」とシャレたわけですね。
江戸の庶民の、なんと粋なこと。もっとも「唐櫛」は和櫛に対する「輸入櫛」の意味だったのですが。つまり「唐」に限ってのことではありませんでしたが。
團伊玖磨の随筆には、『続・靴下』もあります。團伊玖磨の名随筆が長く『アサヒグラフ』に連載されたのは、ご存じの通り。
1996年6月28日の『アサヒグラフ」に、團伊玖磨は『靴下』の随筆を書いた。と、読者から多くの靴下が送られてきた。それに対する「返答」を、同じ年の7月26日に書いた。それで、『続・靴下』なのですね。

「成る程、迂闊だった。色々あるのだ…………」。

と、書いています。團伊玖磨の立派なところは、すぐに銀座の百貨店に赴いて靴下を買い求めていることでしょう。
團伊玖磨のもとに送られてきた靴下は、多く機能の重きを置いた靴下だったようです。でも、その一方に、「美観」重視の靴下があっても良いのではないでしょうか。江戸期にあれくらいの洒落が通った国のことですから。
たとえば、絹の靴下。たとえば、麻の靴下。麻の靴下ならたぶん、ソックス・サスペンダーが必要にもなってくるでしょう。このソックス・サスペンダーの面倒もまた愉しいではありませんか。

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