蘇軾とソフト帽

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蘇軾は、むかしの中國の詩人ですよね。蘇軾はたいへんに優秀な少年だったそうです。だいたい、1000年頃の人物。今から千年ほど前の話なのですが。
その頃の中國に、難しい試験があって。この難しい試験に通ると出世の道が開かれると、考えられていました。で、蘇軾はこの試験を受けることに。
その時の試験官が、欧 揚修。当時、最高の知者であった人物。欧 揚修は、蘇軾の文章を読んで、激賞。およそこんなことを言った。

「思わず汗が出た。まったく素晴らしい。老夫は道をあけて、、蘇軾が一頭地をぬくことができるようにしてやらなくてはいけない。」

蘇軾はその後、当時のように出世。抜きん出た働きを。ただ、いつの時代にも、抜きん出た人がいれば、それをやっかむ人もいるわけで。蘇軾は何度も、妬まれて「島流し」にあっています。
蘇軾の弟子は「島流し」の蘇軾に手紙を書く。それに対する蘇軾の、返事。

「この辺りには、みかんもかきもたくさんあるし、ヤマイモは蜀に負けないくらいである……………………。」

1080年11月。弟子の、太虚に宛てた手紙の一節。淡々として、嘘もつかず、また弟子を心配させない内容にもなっています。
この蘇軾の手紙の文字が、今に、最高傑作だとされています。
蘇軾が出てくる随筆に、牧 羊子著『おいしい話つくって食べて』があります。
「流謫の詩人」と題して、牧 羊子はえんえん、蘇軾を書いているのですが。そのあとで、「東坡肉の作り方は………………………」と、説くのであります。
東坡肉は、蘇軾が「島流し」の最中に考案した料理だと考えられています。
『おいしい話つくって食べて』は、凝った、贅沢な造本で。各章に、山本容子の絵が飾られているのです。
中年の、美食紳士でもありましょうか。この美食、多く登場するのですが、いつもソフト帽をかぶっているのです。ブリムの狭いソフト・ハットで、そのブリム全体を上に巻きあげてかぶっています。
「ああ、こんなかぶり方もいいなあ」と、思ってしまうほどです。
さて、好みのソフトをかぶって。美味しい東坡肉を食べに行くといたしましょうか。

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