燕尾服とエナメル

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燕尾服は、イヴニング・ドレスのことですよね。アメリカ英語では、「スワロウテイル・コオト」とも。
スワロウテイル・コオト。これはもう、一目瞭然でしょう。上着の尻尾が燕の尾のように割れているのですから。
スワロウテイル・コオトだから、「燕尾服」。実によくできた日本語ではありませんか。
燕尾服が出てくる小説に、『黑潮』があります。徳冨蘆花が明治三十六年に発表した物語。

「藤澤伯木下伯が上下もまだ脱れぬ日本に燕尾服着せ、貴婦人紳士を躍らせて……………………。」

明治はじめの頃の世相をそのように描いています。「燕尾服」が出てくる小説としては、わりあいはやくものかも知れませんね。
徳冨蘆花に原稿依頼に行った編集者に、太田菊子がいます。大正八年一月頃のこと。当時、太田菊子は、『婦女界』の編集者だった人物。後に、編集長になっているのですが。
その頃、粕谷に住んでいた徳冨蘆花は、大の面会嫌い。ところが、この日はなぜか、お目通りが叶って、蘆花の書斎で。原稿のお願いを。
一応、仕事の話が終った後での世間話に。
「あなたのご主人は、どうなさって?」と、蘆花の訊く。
「はあ、死に別れまして………………………」。ほんとうは離縁したのですが、初対面の蘆花先生にそうも言われず。蘆花は重ねて、問う。
「何のご病気で、いつ頃に」。こうまで問われて、隠してもおけず。太田菊子、素直になって。本当の話を。
と、蘆花先生、顔を正して。

「旅費をあげるから、すぐにご主人の所にお戻りなさい!」

結局、編集部に戻って、この話を報告したという。
太田菊子著『蘆花先生に叱られた話』に出ています。

喜劇の『燕尾服姿の神々』を書いたのが、アシス。リオデジャネイロの作家、マシャード・ジ・アシス。アシス、二十七歳の時。1866年のことです。
そのアシスが、1900年に完成させたのが、『ドン・カズムッホ』。この中に。

「左手に手綱を握り、右手を腰に当て、エナメル革のブーツを履いた、すらりとした男性だった。」

当時の、馬上のダンディを、このように描いています。
エナメルのブーツ。憧れますね。もちろん、燕尾服にも合わせられるでしょうし。

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