フランツとファー

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

フランツは、わりあい多い名前ですよね。フランツは、もともと「フランチェスコ」からきているんだとか。アッシジの聖人の名前。これがフランスに行きますと、フランソワになるのでしょう。
ウイーンの楽人で、フランツとなれば、フランツ・シューベルトでしょうね。フランツ・シューベルトについては、説明不要でありましょう。フランツ・シューベルトを厳しく教えたのが、サルエリ。アントニオ・サルエリ。その頃、ウイーンの宮廷楽長でもありました。
1816年、サルエリが在職五十年を迎えた時、シューベルトはサルエリを讃える詩を書いています。1816年6月16日に。

やさしい人よ よい人よ!
賢い人よ 偉大な人よ!
私に涙のあるかぎり
そして芸術に浴みするかぎり………………………。

シューベルトは詩人でもあったのでしょう。
フランツでもうひとり想い浮かべのが、カフカ。フランツ・カフカ。1908年のプラハで、フランツ・カフカに会った少女に、アンナがいます。アンナ・リヒテンシュテルンが。当時は、まだ十三歳くらい。
アンナは、プラハの、二クラス通り36番地に住んでいて。同じマンションの上の階に、フランツ・カフカが。そのカフカだったまだ、二十歳くらい。
このマンションのエレベーターは、鍵を差し込んでから、操作する仕組み。そのエレベーターの鍵は、大人にだけ持つことが許されていて。
アンナはたまたま、エレベーターの前で、カフカに会う。カフカはアンナに言う。「小さなお嬢さん、お連れしてよろしいでしょうか」。アンナはカフカに上まで一緒に。アンナは部屋に入る前に
「キュスデイハント!」
これは丁寧な挨拶で、そもそもは「お手にくちづけ」の意味だったとか。
カフカの出てくるミステリに、『スパイvs スパイ』があります。ロナルド・ケスナーが、1988年に発表した物語。。

「新ユダヤ人墓地にあるフランツ・カフカの墓に詣でた。」

また、『スパイvsスパイ』には、こんな描写も出てきます。

「口髭をたくわえ、毛皮の内張りをしたオーバーを着込んだこの男はカール・F・ケッチャーといい………………。」

ファー・ラインのコートを着たいるわけですね。
さて、なにか暖かいコートを着て、カフカの本を探しに行くとしましょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone