カラブリアとカリコ

カラブリアは、地名にもありますよね。

南イタリアにカラブリア州があるのは、ご存じの通り。

イタリアはよく長靴の形にたとえられることがあります。その長靴の爪先辺りが、カラブリア州なんですね。

カラブリア州の人口、およそ196万人くらいと発表されています。

ワインはいうまでもなく。オレンジやオリイヴの実る農業国でもあります。

シチリアは、すぐお隣の島。ポンペイからも遠くはありません。

1826年に、カラブリアを旅したフランスの作家に、スタンダールがいます。今からざっと二百年前のことになるでしょうか。

「昨日は大変な暑さのなかに、借りた広い店のなかで、緑のキャラコのカーテンを引いて、それぞれ皮の寝椅子のうえに横になって、シャーベットを食べた。」

これは5月15日の『日記』として。

これはオートランドでのこと。この後、スタンダールはカラブリアに向っているのですね。

明治四十二年にポンペイを訪れた作家に、寺田寅彦がいます。寺田寅彦に、『ナポリとポムペイ』があるのはそのためなのです。

「富豪の邸宅の跡には美しい壁画が立派に保存されて居た。それには狩猟や魚族を主題にしたものもあつた。大きな浴場の跡もあつた。多分温度を保つ為であらう、壁が二重になつて居た。」

寺田寅彦はポンペイの遺跡について、そのように書いています。

画家の堂本印象には、『ポンペイ』と題する絵と文とがあるのですが。

「ポンペイまでもくると、イタリアもいよいよ南の方へ来たという感じが濃厚になる。オリーブやオレンジの畑にまじって巨大なシャボテンが、緑胞子みたいなものを幾つもジグザクにつけ、」

そんなふうに描写しています。

カラブリアはポンペイよりもまだ南。南イタリアを味わうには、カラブリアに限るでしょう。

カラブリアが出てくる小説に、『名うてのゴディサール』があります。フランスの文人、バルザックが1833年に発表して物語。

「わしはミュラ王の治世下で、カラブリア地方を平定したんじゃ」 「おや、今度はカラブリア地方に行ったか! 」とヴェルニエ氏は声をひそめて言った。」

これは、マルガティスと、ゴディサールとのやりとりとして。

また『名うてのゴディサール』には、こんな文章も出てきます。

「キャラコや装身具やラシャやぶどう酒の名において語る、このような深遠な交渉家というものは、そうざらにいるものではない。」

ここでの「キャラコ」が、綿布であるのは、言うまでもないでしょう。

キャラコは、日本語。フランスなら、「カリコ」

caricot 。

その昔、インドのカリカット港から船出した荷物に入っていた生地なので。

どなたかカリコのシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。