ターンバック・カフ(turnback cuff)

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トラウザーズの裾口での折返しを、ターンナップ・カフという。これに対してコートやジャケットの袖口の折返しのことを、「ターンバック・カフ」という。似て非なる表現と言って良いだろう。
ひとつの例として挙げるなら、ポロ・コート。あのポロ・コートの袖口はまず例外なくターンナップ・カフになっている。ポロ・コートのみならず、コートの袖口に折返しが付くのはそれほど珍しいことではない。
ポロ・コートほど一般的ではないが、上着の袖口を折返すことも、ないではない。もちろん上着の場合も、ターンバック・カフと呼ばれる。
ではなぜ、ターンバック・カフというデザインがあるのか。今、ごくふつうにスーツを仕立てると、袖口に折返しのない仕上げ方になる。ターンバック・カフとは何なのか。
それは昔の上着にはたいていターンバック・カフ式になっていたからだ。ここでの昔は、十八世紀のこと。十九世紀に入ってからの上着には、ターンバック・カフは省略されるようになる。つまりターンバック・カフは二十世紀も十九世紀も飛び越えて、十八世紀ファッションへの郷愁なのである。
二十世紀への、あるいは十九世紀へのノスタルジィというのはよくあることだ。が、十八世紀への追憶とは珍しい。その意味でもターンバック・カフは貴重な細部デザインなのである。

「これらのブーツ・スリーヴは、盗品を入れておくには便利な場所である。」

1733年に、ヘンリー・フィールディングが書いた『吝嗇家』という本の一節である。ヘンリー・フィールディングは十八世紀英国の小説家。「ボオ・フィールディング」の別名もあって、なかなかの洒落者でもあった人物。
ここでの「ブーツ・スリーヴ」とは、「ブーツ・カフ」のこと。折返した袖口がまるでブーツのように見えるところからの名称である。それはほとんど肘の辺りまで折り返された、大きなカフだったのだ。
十八世紀のことであるから、フロック・コート以前の、フロック。これは映画で観る宮廷服を想像してもらうのが、早い。
ブーツ・カフほど大げさでないものに、ラウンド・カフがあった。これは1710年代の登場であるという。ラウンド・カフよりももう少し大きく開いた形が、オープン・カフ。さらに凝った袖口としては、マリナーズ・カフというのもあった。これはおそらく当時の海軍の制服にヒントを得たものであったろう。マリナーズ・カフは、袖口を折返し、その上からさらに、肩章に似た留具を縦に配した形のものであった。
これらの大仰なカフは大きな、装飾的なボタンを三個ほど使って留めるようになっていたのである。あるいはまた、スリット・スリーヴというのもあった。スリット・カフとも呼ばれたのだが、これは袖口が縦に開くようになっていた。その意味では今の袖口は、このスリット・カフの末裔といえなくもないのである。
フロックの袖口を折返すことについては、密書と関係があるとの説もある。密書を袖口に隠して、梅を飛ばし、運んだ。密書は王に直接に手渡す。つまりターンバック・カフは、王に直接会える人物をも意味したのだ。と。

「濃紺四つボタンの背広には袖口折り返しがついていて、厚手の絹のネクタイに真珠のネクタイ・ピン……」。

これはイアン・フレミング著『オクトパシー』の一節である。1965年の刊行。ジェイムズ・ボンドが貴族に変身する場面なのだ。
少なくともイアン・フレミングはターンバック・カフが貴族的であることを知っていた、と考えて良いだろう。事実、イアン・フレミングは、ターンバック・カフ付きのスーツを愛用したひとりなのである。

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