フォア・イン・ハンド(four in hand)

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簡潔なる首の衣裳

フォア・イン・ハンドはネクタイの結び方であり、またネクタイそのもの名前でもある。

ネクタイの小剣に大剣を絡ませて輪を作り、その輪の中に大剣を通すことによって、結び目が生まれる。この結び方がフォア・イン・ハンドなのだ。そしてこのような結び方がふさわしいネクタイのことをも、フォア・イン・ハンドと呼ぶのである。

ボウ・タイにはボウ・タイの結び方があり、アスコット・タイにはアスコット・タイの結び方があるように、フォア・イン・ハンド・タイがあり、フォア・イン・ハンド・ノットがある。

そして物事の順序としては、まずフォア・ハンド・ハンド・ノットがあり、だからこそフォア・イン・ハンド・タイが生まれたものとおもわれる。

「蝶ネクタイ」の言葉があるように、時に「巾タイ」と言ったりもする。今ごくふつうに使われる、細長いネクタイのことを。

一方、フランスでは「クラヴァット」であるが、結び方そのもについては、「ヌー・アングレ」と呼ぶことがある。「イギリス式の結び方」ということなのだろうか。余談ではあるが、ウインザー・ノットは、「ヌー・ウインザー」になるらしい。

「フォア・イン・ハンドとは男子用の長いバイアス布の普通のネクタイのことをいう。その長さが手首から指先までの4倍ほどであるとする説や、結び下げの長さが手の幅の4つ分あるとする説はいずれも誤解であり、本来それは結び方 knot の名前である。1890年代から男女に用いられ、ダービィ Derby とも呼んだ。」

石山 彰 編『服飾辞典』での「フォア・イン・ハンド」の説明の全文である。つまりフォア・イン・ハンドの語源については決定されていないのであろう。

フォア・イン・ハンドはもともと馬車の俗称から来ているのである。「四頭立ての馬車」。四頭の馬をひとりの御者が操るので、フォア・イン・ハンド。この意味での「フォア・イン・ハンド」は、テニソン ( 1809~1892年 ) の詩にも出てくるそうだから、十九世紀中葉にはすでに使われていた言葉なのであろう。
馬車は一般に「キャリッジ」 carriage という。二頭立て馬車なら、「キャリッジ・アンド・ペア」。四頭立て馬車なら、「キャリッジ・アンド・フォア」と呼ぶ。ということは「フォア・イン・ハンド」は愛称なのであろう。それはちょうど一頭立て馬車を「バギー」とか「ハンサム」というのに似ている。

「フォア・イン・ハンドは1890年に登場して、男女ともに使われるもので、別名をダービーとも呼ばれる。」

ウイレット・カニントン、フィリス・カニントン共著『英国衣裳辞典』には、そのように説明されている。ダービーは、イングランド、バーミンガム、北北東に位置する地名。ここには競馬場があることでも知られている。

フォア・イン・ハンドは馬車に関係があり、競馬にも関係があるのかも知れない。が、フォア・イン・ハンドは1890年に突然はじまったわけでもない。それ以前にも「セイラー・ノット」 sailor knotがあった。セイラー・ノットは1870年代から使われていたようである。これは今のセイラー服のスカーフによく似たものであった。このスカーフの結び方を元に、クラヴァットでそれを行ったのが、「フォア・イン・ハンド」のはじまりなのであろう。

十九世紀中葉の英国に、「フォア・イン・ハンド・クラブ」というのがあった。若い貴族の子弟たちのスポーツ・クラブ。そのスポーツというのが、四頭立て馬車での競争であったのだ。彼ら、先端的な若者が好んだ結び方であったので、「フォア・イン・ハンド」の名称が生まれたのである。

「はでな装飾つきの小さな鏡の前で、フォア・イン・ハンド ( ふつうの結び方のネクタイ ) を直していた。」

ヴァン・ダイン著 井上 勇訳 『ベンスン殺人事件』( 1926年刊 ) の一文。これは探偵役の、ファイロ・ヴァンスが支度をしている場面。

少なくとも1920年代のアメリカでも「フォア・イン・ハンド」が一般的であったと、考えて良いだろう。

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