カツレツを食べる話が、『私の食物誌』に出てきます。書いたのは、池田弥三郎。
「三田の学生だった時分、三田界隈では、大和屋、明菓、白十字、三丁目、加藤、紅葉軒、三田バーといった店があって、たいていの昼食はそれらの店のカツレツやカツドンですましていた。」
池田弥三郎が慶応の学生時代ですから、昭和八年頃のことでしょうか。これらの店の名前は、今となっては貴重な資料だと思います。それにしても「カツレツ」なのか、「トンカツ」なのか。
池田弥三郎より五歳年長の作家に、大岡昇平が。大岡昇平がトンカツを食べる話。
大岡昇平は昭和二十八年から二十九年にかけて、アメリカ、ヨーロッパの旅に出ています。それは今、『ザルツブルクの小枝』という紀行文となっているのですが。
「トンカツ、ハム、チーズにキャンチの小瓶がついて七百五十リラ。値段の割にうまいような気がするのは、日本の駅弁と同じ。」
これは八月二十四日のところに出ています。「キャンチ」はキャンティ・ワインのことでしょうか。ミラノを発って、ドイツに向かう列車の中での弁当なんですね。
ザルツブルクが出てくるユーモア小説に、『一杯の珈琲から』があります。これはエーリヒ・ケストナーが、1937年に発表した物語。
「カールがロンドンから手紙をよこした。八月の半ばごろザルツブルクで落合わないか、というのである。」
この手紙を受けとったのが、物語の主人公、ゲオルク。で、ザルツブルクに行くことに。また、こんな描写も。
「わたしは店にはいると、ボタンホールの花を小さいのととり替えて、その差額ですみれの花束を一つもらった。」
もちろん、ゲオルクがするんですね。花によってそんな違いがあるんですね。
飾り花を買うべきか。カツレツを食べるべきか。迷ってしまうのですが……。