アタッシェ・ケース(attache case)

11079293_927252290642945_1699740427_n
Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

紳士の玉手箱

アタッシェ・ケースは紳士の持つ鞄のひとつである。薄くて、四角い、シンプルな鞄。スリーピース・スーツによく似合う鞄でもある。
アタッシェ・ケースは、言いにくい。つい、「アタッシュ・ケース」になってしまう。これとよく似ているのが、「ジャカード」 jacqrd 。ジャカードと言おうとして「ジャガード」になってしまう。ジャカードと、アタッシェ・ケースは、ファッション語の中で誤用を招く二大用語ではないだろうか。
アタッシェ・ケースはそして、謎にも満ちている。「アタッシェ・ケース」。前半分が、フランス語、後ろ半分が、英語。なぜ、英仏の混合なのか。
アタッシェはフランス語で、「大使館員」の意味であるらしい。それならすべてを英語にして、「アテンダント・ケース」とかにすれば良いではないか。たぶん英語では言いにくいので、まわりくどくフランス語を混ぜたのであろう。実はアタッシェには、「随行武官」の意味がある。はっきり言って、随行武官の鞄なのだ。そして随行武官は、「情報部員」のこと。これは必ずしも007の読みすぎばかりではない。
そもそものはじまりは、「情報部員」が機密文書を入れておくにふさわしい鞄だったのだ。そうとは言いにくいので、やや間接的にアタッシェ・ケースとしたのであろう。
アタッシェ・ケースは少なくとも、二十世紀のはじめにはすでに存在していたようである。1904年度版の「アーミー・アンド・ネイヴィ・コープ」のカタログ上に、「アタッシェ・ケース」として出ているからだ。それはブラウンと、グリーンとの二色があって、ダブル・アクション・ロック付きと説明されている。おそらくは軍事関係者が必要とした鞄だったに違いない。

「その二人の若者は完璧な着こなしをして、手にはアタッシェ・ケースを持っていた。」

1918年に発表された小説『グリーン・ミラー』の一節。作者は、ヒュー・ウォールポール。本来は「情報部員」の持つ鞄であったものが、一般人にも拡がりはじめたと、想像して良いだろう。
1929年度版の「ハロッズ」カタログ上に、一点だけアタッシェ・ケースが紹介されている。それは上質の牛革で、色はブラウンのみ。ただし手縫いであることが強調されている。大きさには四種類あって、10ポンド9シリングから、16ポンド6シリングまでの値段。
同じ「ハロッズ」のカタログには、何点かの「ドキュメント・ケース」が出ている。ここでの「ドキュメント・ケース」は、今、我われがブリーフ・ケースと呼んでいるものに近い。ほぼ同じサイズのドキュメント・ケースが、6ポンド15シリング。つまりアタッシェ・ケースの方が、高い。1929年での比較をすれば、ドキュメント・ケースよりもアタッシェ・ケースの方がやや特別な鞄であったのかも知れない。

「メアリー・ブリュワーは、手に持っていた小型のアタッシェ・ケースをドアにぶつけてしまった。」

これは1946年の『ハッピー・プリズナー』の一文。著者は、モニカ・ディケンズ。1946年頃のイギリスでは、女性もまたアタッシェ・ケースを持つことがあったのだろう。
1946年の日本でアタッシェ・ケースに通じている人は、ほとんどいなかったに違いない。日本でアタッシェ・ケースが知られるようになるのは、1960年代のことである。

「木炭の色をしたスーツを着て黒いアタッシェ・ケースを下げているのも桂子の大学教授のあいだではほとんど見られない姿である。」

倉橋由美子著『夢の浮橋』の一節。これは宮沢裕司というある大学の文学部教授。時代背景は、1960年代になっている。場所は「丸善」の洋書売場という設定。
今の時代にアタッシェ・ケースを持つか持たぬか、自由である。しかし1960年代のアタッシェ・ケースが、紳士の玉手箱であったことは間違いない。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone