パリとリネン

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パリはいつの時代にも、また誰にとっても、憧れの街ですよね。
それだけにパリを舞台にした映画は、星の数ほどあります。その中のひとつに、『パリの恋人』が。これも、邦題が秀逸。原題は、『ファニーフェイス』。
『パリの恋人』にはモデルがあって。写真家のリチャード・アヴェドンをイメージしての物語なのです。事実、アヴェドンもこの映画に協力しています。
また、『パリの恋人』にはファッション誌の編集長が出てくる。これはダイアナ・ヴリーランドがモデルなんだそうですね。そうかと思えば、サルトルも。なにかと賑やかな映画です。
『パリの恋人』は、MGM映画。最初、担当者はオードリー・ヘップバーンに交渉。その時のヘップバーンの答え。
「お相手に、アステアがお願いできるなら、OKよ……」
オードリー・ヘップバーンは、一度フレッド・アステアと踊るのが夢だったから。でも、パリでのロケは、雨、雨、雨。結局、雨の中で踊ったという。その時の、ヘップバーンのひと言。
「ああ、私はアステアと踊るのが夢だった。でも、今は雨と踊ってるわ……」
そんな苦労もあってか、『パリの恋人』はヒット。下降線をたどっていたMGMを救ったという。『パリの恋人』は、1957年の映画。
1957年。ドイツ南部、トロッシンゲンに生まれたのが、ガービー・ハウプトマン。ガービー・ハウプトマン著『いい男求む 美女35歳』の中に。

「赤のポロシャツに明るい色のリンネルのスラックス。」

これはハンサムで富豪の、カルテンシュタインの着こなし。
富豪でも、ハンサムでもありませんが。
リネンの服で、パリに行きたいものですね。

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