ハリーは、人の名前にもありますよね。ふつうHarry と書いて「ハリー」と訓むことが多いようですが。
たとえば、ハリー・ポッターだとか。
ハリー・ポッターは男の子の名前。魔法が使える男の子という設定になっています。
『ハリー・ポッターと賢者の石』は、お読みになったことがおありでしょう。1997年に発表された物語。
『ハリー・ポッター』はシリーズになっていて。
『ハリー・ポッター死の秘宝』までの七冊が出ています。
『ハリー・ポッター』は、通算六億部が売れたんだそうですね。
著者は、イギリスの、J・K・ローリング。
本名は、ジョアン・ローリング。
1965年7月31日に、英国のチッピングに生まれています。
1990年にローリングは二十五歳で。マンチェスターのソドベリーに友人を訪ねて。
その帰り、マンチェスターからロンドンへの列車の旅で。
突然、物語が浮かんできて。それは「魔法学校」という内容だったのですね。
この「魔法学校」が後の『ハリー・ポッター』になったという。
その頃のローリングは、一人の母親で、赤ちゃんが一人。
赤ちゃんを連れて公園に。赤ちゃんが眠ってくれると、急いでカフェに。『ハリー・ポッター』の原稿はほとんどカフェで書いたんだそうです。
1997年7月に、『ハリー・ポッター賢者の石』が出版されて。
これが売れに売れて。続編を書くことになったのです。
『ハリー・ポッター賢者の石』の日本語訳は、松岡祐子。
松岡祐子は1998年10月、ロンドンへ。
旧友のダン・シュレジンジャーを訪ねて。
ダン・シュレジンジャーに薦められた本が、『ハリー・ポッター』。
松岡祐子は宿に帰って一晩で読んで。
「これを訳してみたい」。
松岡祐子は出版社「静山社」の社長でもあったので。もっとも社長一人、社員一人の会社だったのですが。
松岡祐子が著者のローリングに交渉すると、OKの返事が。
ハリーが出てくる小説に、『赤い右手』があります。
1845年に、ジョエル・タウンズリー・ロジャーズが発表したミステリ。
「わたしことハリー・リドル、すなわちドクター・ヘンリー・N・リドル・ジュニアは、ニューヨーク市のセントジョン総合病院に勤務する医師である。」
また、『赤い右手』には、こんな描写も出てきます。
「黒と白の格子のスポーツ・ジャケットに、緑色のシャツを着て、薄青色のフェルト帽をかぶっていたね?」
これは通りすがりの男の服装として。
「黒と白の格子」。ここから私は「ハウンズトゥース」
houndstooth を想ってしまいました。
日本で言う「千鳥格子」。イギリス英語では「猟犬の牙」になります。
どなたかハウンズトゥースの上着を仕立てて頂けませんでしょうか。